ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

信州上田の英雄伝、『うさぎ追いし 山際勝三郎物語』(里帰り中)

☘いつも読んでくださっているお友達より、写真がもう少し大きい方が見やすいのでは?…との助言をいただきましたので、今日からそうしてみました☘

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上田の誇り、山際勝三郎博士。上田城址公園内の胸像をあらためて見に行ってきました

アイルランド・ブログのはずが、上田の話がついつい多くなすみません。もう少しお付き合いください!

信州上田出身の、幻のノーベル賞受賞者と呼ばれる、山際勝三郎博士(1862-1930)をご存知でしょうか。
世界初の人口癌造成に成功し、癌研究に多くの業績を残した人物。1925年、1926年、1928年と没後の1936年の4度、ノーベル生理学・医学賞にノミネートされています。

この山際博士の癌研究に捧げた生涯がこのほど映画化され、全国公開に先駆けて、上田市でのみ今月初めから先行公開されています。
今年は『真田丸』でブレイクした上田ですが、次なる地元の英雄伝がこの『うさぎ追いし 山際勝三郎物語』。
プロデューサーの永井正人さんは上田出身、上田でのロケにこだわって制作された秀作です。

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遠藤憲一・主演、山際博士の妻役に水野真紀。ポスターに写る景色は上田の山と千曲川、上田育ちの私には子供の頃から見慣れた懐かしい風景です

山際勝三郎博士の名は、上田の人なら誰もが耳にしているはず。
というのも、地元の製薬会社・寿製薬のTVコマーシャルで、「郷土の医学者、山際勝三郎博士~」とナレーションされているので(笑)。


冒頭の胸像にも記されている博士の有名な句、「癌出来つ 意気昂然と 二歩三歩」が読み上げられます

ところが名前は知っていても、その人となりや功績は、今回映画を観るまであまり知らずにいました。山際博士の生い立ち、癌研究に傾倒していく経緯、研究に伴う苦難やドラマ、成功への道のり、そして、ノーベル賞受賞に至らなかった当時の背景など、実に興味深いストーリーで、同郷の偉人をあらためて誇りに思いました。

見慣れた上田の景色がそこここに出てくるのも、上田出身者には嬉しく懐かしい限り。奇しくも帰省中に公開されたので、地元の映画館で同郷の皆さんと一緒に鑑賞することが出来、より一層、感激しました。

ちなみに、『うさぎ追いし』というタイトルには、なかなか深いものが込められているようです。
山際博士はうさぎの耳で人工癌の実験をしたので、映画にはうさぎがたくさん出てきます。(自他共に認めるウサギ好きの私には嬉しい映画♪)
ぴょんぴょん飛び跳ねる「うさぎを追いし」シーンもちゃんとありますし、なぜネズミではなくうさぎで実験することになったのかも、映画の中で明らかにされます。

そしてもうひとつ、「うさぎ追いし~」といえば、日本人なら誰もが知っている懐かしい歌、『ふるさと』の歌詞ですね。『ふるさと』の詞を書いたのは長野県出身の作詞家・高野辰之ですから、「うさぎ追いし」光景はまさに信州の田舎そのもの。
映画の中ではこの歌が印象的に挿入されて、山際博士の望郷の念がより深くひしひしと伝わってくるのでした。

うさぎ追いし 山際勝三郎物語』の全国ロードショーは12月17日(土)より。上田の偉人伝、ご興味にある方はぜひ!

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数日前、雪が降ったあとの上田にて

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C.S.ルイス広場、ベルファーストにオープン

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アスランを見上げる女の子。アスラン像は約3メートルという巨大なものだそうです。11月22日付けBelfast Telegraphより→CS Lewis Square Opens in Belfast

『ナルニア国物語』の作者C.S.ルイス(Clive Staples Lewis, 1898-1963)がベルファースト出身であり、作家ゆかりの地がベルファースト&周辺に数多くあることははこれまでもご紹介させていただきました。(記事の最後に関連過去ブログをまとめてあります)
近年、ルイスゆかりのイースト・ベルファーストでは、ルイスの誕生日&命日のある11月に「C.S. ルイス・フェスティバル」が行われるなど、地元でも彼の功績が再評価されつつあります。(今年のフェスティバルは11月18~22日でした)

そんな中、ルイスに関する新名所がオープン。イースト・ベルファーストに、作家を記念した「C.S.ルイス広場(C.S. Lewis Square)」が新しく出来ました。
約300本の木を植えて整備された広場は、2000人収容可能な規模。『ナルニア国物語』第一作の『ライオンと魔女』に登場するキャラクターたちの巨大な像が建てられたそうです。
ルイスの命日である一昨日の11月22日、お披露目のセレモニーが行われたと報じられました。(ちなみにルイスが息を引き取ったのは1963年11月22日、アイルランド系アメリカ人のジョン・F・ケネディー大統領が暗殺された日です。何か因果が感じられます…)

建立された像は7体。ライオンのアスラン、モーグリム(白い女王に仕えるオオカミ)、ビーバー夫妻、コマドリ、白い女王、石舞台、そして私が大好きな半身半獣のタムナスさん。
モーリン・ヘイロン(Maurice Harron)さんというアイルランド人アーティストの作品だそうです。

広場がオープンしたのは、イースト・ベルファーストのハリウッド・アーチズ(Holywood Arches)というエリア。ベルファーストで進められている、新しいグリーンウェイ(歩行者&自転車専用道路)開発計画の一環として建設されたものです。→コンズウォーター・グリーンウェイ(Connswater Greenway)
ベルファースト東郊外へ延びるコンバー・グリーンウェイ(Comber Greenway)とのインターセクションとなる他、イースト・ベルファーストの新しいコミュニティー・スペースとして期待が寄せられています。

ハリウッド・アーチズには、C.S.ルイス本人がナルニア国への扉を開ける有名な銅像「The Searcher(探求者)」があります。銅像は図書館の前の小さな広場にありますが、新しく出来た広場はそこではなくて、図書館後ろのスペースではないかと思います。
数か月前にその付近に行ったとき、ちょうど工事中でしたので。

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今年8月に撮影したハリウッド・アーチズの「The Searcher」像。銅像の周りに柵が張り巡らされていたので、柵の間にカメラのレンズを入れて撮影。像の後ろにも柵が写っていますが、今思えば広場の建設工事を行っていたのでしょう

一昨日のオープニング・セレモニーには、ルイスの義理の息子ダグラス・グレシャム(Douglas Gresham)さんも出席されました。グレシャムさんがベルファーストを訪れるのは、ルイス生誕100周年を記念して上述の銅像が建てられた1998年以来。
義父がこの光景を見たらさぞかしエクサイトすることでしょう、と話されたとのこと。
スノーマシーンで雪を舞わせ、ナルニア国さながらのマジカルな雰囲気の中、素敵なセレモニーが行われたようです。

次回ベルファーストに行く際には、ぜひともタムナスさんに会って来なくては!楽しみです。

★C.S.ルイス関連の過去ブログ
C.S.ルイスゆかりの地めぐり①~イースト・ベルファースト&近郊
C.S.ルイスゆかりの地めぐり②~聖マーク教会
C.S.ルイスゆかりの地めぐり③~「ナルニア」の舞台は…
サイレント・バレー① 「ナルニア国」を探して秋の森を歩く →この続きは近日中にアップします!
メイド・イン・アイルランドのターキッシュ・デライト

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アイルランド・セミナーの準備中…

来週、東京都内で開かれる2つのイベント&セミナーで講師をさせていただくことになりました。内容はアイルランドの観光について。

昨日はその打ち合わせで、東京のアイルランド大使館へ。アイルランド大使館のある麹町界隈は、社会人になって最初に勤めた場所。もう20年も前のことですが(!)、なんだか懐かしかったです。

大使館にうかがうのも久しぶり。というより、ちゃんとお訪ねするのは初めてかも。
打ち合わせの席でこれまた懐かしいアイルランド人の友人と会い、大使館の皆さんのご協力で有意義なミーティングとなりました。

一夜明けて今日は、家にこもって資料作り…。
トークはそれぞれ15分と45分なので、普段何時間もガイディングしていることを思えばあっという間なのですが、参加者に資料を配布しますから、話す内容のレジメ作りが必要。つまり台本ありのトークなのです。
通常そういうものなのでしょうが、普段私がやっているガイディングという「しゃべり」は台本なしの即興。車窓の景色の移り変わりに合わせて、話を進めていきます。
ですから、話す内容が初めから決まっている臨場感のないトークとはいったいどういうものなのか、どうもピンとこないのです。
会場はバスみたいに動かないので、景色も変わっていきませんしね…(笑)。

パワーポイントを使うのも初めて。というより、そういうものの存在も知らなかった(笑)。
いろいろ試行錯誤していますが、おかげ様で良い経験をさせていただいています。

セミナーはいずれも会員対象のもので、一般に広く公募しているものではありませんが、定員に余裕があれば一般参加も可能とのことです。
ご興味ある方のために詳細を記させていただきますが、いずれも事前の申し込みが必要となります。

♦クラブ関東 アイルランド大使との交流の夕べ
11月30日(水) 18:00~ 
※詳細・お申込みはこちら →クラブ関東 イベント情報

♦JATA アイルランドツーリズムセミナー
12月1日(木) 16:00~
※詳細・お申込みはこちら →アイルランドツーリズムセミナー 開催のお知らせ
※JATA会員となっている旅行業者向けのセミナーです。会員以外のご参加希望の方はJATAに直接お問合せください。

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アイルランド大使館に置かれていた無料配布のトラベルガイドなど。きれいにまとまっていて、アイルランドの概要、一般情報を知るのに役立ちます→アイルランド政府観光庁公式ウェブサイト・日本語版(今年から日本語版が出来ました)

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秋のマジック、上田城址公園にて(里帰り中)

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色のマジック。上田城址公園の本丸跡地にて

秋も深まってきた信州上田。今回の帰国はいつもより長めの滞在となったため、秋が深まる様子を日々感じています。
信州では紅葉もそろそろ終盤。自宅近所の山々を眺めるだけでもきれいですが、今日は上田城址公園の秋の彩りを楽しみました。

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一面黄色、銀杏のじゅうたん!

上田公園は桜の季節もいいですが、この時期もなかなかのものです。今年は「真田丸」フィーバーで県外からの観光客が大勢訪れていますが、広い園内には静かに紅葉を楽しめるスポットがいっぱい。

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モミジの赤

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イチョウの黄色

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グリーンとオレンジのグラデーション

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モミジの木の下にて

紅葉の美しさは日本の寒冷地ならではですね。特に赤。アイルランドにもサクラやナナカマドなど赤く色づく木々があるにはあるのですが、きれいな赤になる前にだいたいは茶色く枯れて落ちてしまいます。
日照不足と、寒暖の差が少ないためでしょう。(黄葉にはこのような気象条件が関係しないそうですから、シラカバ、カエデ、ブナなどはアイルランドでも黄色く色づきます)

日本の秋の美しさを満喫して帰りたいと思います♪

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メイド・イン・アイルランドの乗馬用サドル

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日本国内の馬場にてメイド・イン・アイルランドのサドルご愛用中のお客様

今年の夏、乗馬をご趣味にされているお客様より、馬の本場アイルランドの馬具屋さんをのぞいてみたい!とのご希望をいただき、旅の途中でお連れしたことがありました。

競走馬・種牡馬の産地として世界的に知られるアイルランドは、馬との関わりにおいて長い伝統のある国。
小さな工房で情熱を持ってサドル(鞍)作りに取り組む馬具職人さんと良い出会いがあり、心を動かされたお客様は、旅の記念に…とその場でサドルをオーダーメイドされたのでした。
その時のブログがこちらです。→バリナスローの小さな馬具屋さん、シアーシャ・サドラリー

あれから数か月経って、注文したサドルがついに完成。お客様のお手元に無事に届いたとのこと、お写真を添えてご報告くださいました。(写真はお客様の許可を得て紹介させていただいています)

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お客様に合わせて手作りされた美しいサドル。写真では色が見にくいのですが、サドルの縁取りのパイピングはこだわりのアイリッシュ・グリーン

オーダーメイドのサドルを作ってもらうには、乗り手であるお客様のサイズはもちろん、馬のサイズも測らなくてはなりません。馬を測る専用キットがあって、帰国後そのキットでお客様の馬を測定していただき、ようやく作成開始。世界にたったひとつのサドルがついに出来上がりました。

デザインも乗り心地も抜群とのこと。メイド・イン・アイルランドの美しいサドルが日本の大地でも活躍するとは、嬉しい限りです。

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堤真一さんの「ウィスキー紀行 in アイルランド」が放送されます!

2月にアイルランド・ロケを一部ご案内させていただいた、俳優の堤真一さんの「世界ウィスキー紀行」が、今月末にBSジャパンで放送されます!

堤真一 世界ウイスキー紀行 アイルランド・カナダ・日本を巡る
放送日時: 11月26日(土) 夜9時~
BS JAPAN 7ch

撮影時のブログはこちら。→仕事始めは撮影クルーのご案内

サントリーのウィスキーアンバサダーの堤真一さんが、世界と日本のウィスキー産地を旅するシリーズ。アイルランドでは、サントリーさんが日本で販売しているアイリッシュ・ウィスキー「カネマラ」のルーツを訪ねます。

「カネマラ」とはアイルランド西海岸の地名で、山や湖、泥炭地により形成される、まるでアイルランドの原風景かのような美しい地。(当地では「コネマラ(Connemara)」という発音が一般的です)
2月のアイルランド西海岸での撮影ということでお天気が心配でしたが、ロケハンの時の寒空とは打って変わって、ロケ本番は素晴らしいお天気となりました。

堤さんの魅力、ウィスキーの魅力と共に、神秘的で美しいアイルランドの景色をご覧いただけることと思います。どうぞお楽しみに♪

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ロケ当日のコネマラ、アイナ・バリー(Inagh Valley, Connemara, Co. Galway)にて。ご一緒にお仕事させていただたベテラン添乗員の若槻郁美さん・撮影(2016年2月)→関連過去ブログ:スモークサーモン好きな添乗員Wさんと再会

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国内最大級、ブラウンズヒル・ドルメン

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ドルメンと9月の空!ブラウンズヒル・ドルメン(Brownshill Dolmen, Co. Carlow)にて

古代遺跡の密集度がヨーロッパ一と言われるアイルランド。
石器~青銅器時代の巨石古墳だけで約900、鉄器時代の砦も含めると、北海道とほぼ同じサイズの島に1000近い数の古代遺跡が点在していることになります。

900ある巨石古墳のうち、ドルメン(Dolmen)と呼ばれるポータル・トゥーム(Portal Tomb=支石墓)が約200。紀元前4000年頃に始まる新石器時代にさかんに作られた墓の形で、ドルメンという呼び名はフランス北部のケルト人が話していたブルトン語で「石のテーブル=ドル・メン(Dol Men)」の意味だそうです。
支石を数個(5個の場合が多い)並べて、その上に蓋をするように天井石を載せる。その形が石のテーブルのように見えるということですね。

9月に遺跡好きのS様ご夫妻をご案内させていただいた時、このドルメンを数え切れないほどご一緒に見に行きました。ルート上にあるものを事前にチェックしておいて、行程に余裕が出来ると、「○×ドルメンがこの近くにあるので行ってみましょう!」なんてお声がけをして立ち寄っていました。まるでドルメン巡りの旅(笑)。

これがなかなか面白くて、場所を調べていざ行ってみても、畑の真ん中にあってアクセスできなかったり、牧草地に囲まれた車がやっと一台通れるくらいの道に迷い込んでしまい、思わぬ別の発見(聖なる泉とか、御神木とか)があったり。

ドルメンは基本の形は同じでも、それぞれに風情があります。畑の中にあったり、路傍にさりげなく立っていたり、石の種類によって全く形が違って見えたり…。
古代人の墓ではありますが、今や日本のお地蔵様的な、土地の守り神かのよう。ドルメンは個人の墓ではなく共同墓地ですから、古代人の儀式の場であり、集合場所のような役割を担っていた可能性は大いにあり得ます。

S様ご夫妻をご案内した数々のドルメンの中でも、特に大きく、印象的なのがこちら。冒頭写真でも紹介させていただいた、カーロウ近くのブラウンズヒル・ドルメン(Brownshill Dolmen, Co. Carlow)です。

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犬を連れてお散歩中の地元の女性。古代の巨石に触ってエネルギー・チャージ…かな?

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後ろから見るとこんな形。まるでキノコのよう

このドルメン、テーブルの台に相当する天井石は推定100~150トン。国内最大級です。
麦畑の真ん中にありますが、道路から歩道が作られており、アクセスできるようになっています。(徒歩2~3分)

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支石に囲まれた墓室(天井石の下)。ここに死者の遺灰・遺骨が、両手ですくえる分量位づつ置かれました

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道路からの眺め。麦畑の真ん中にぽつりとある一本の木の左隣りがドルメン

※カーロウ(Carlow)から東へ約3キロ、R726(Hacketstown Road)からアクセスできます(道路から見えます)。車のルノー(Renault)のショールームの斜め向かい。

※ブラウンズヒル・ドルメンの過去ブログ→巨大!ブラウンズヒル・ドルメン(10年も前の記事でした!)

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アイルランドにトランプの「壁」が作られる!?

まさかの結果のアメリカ大統領選から一夜明けて、ショック状態から、少しづつ現実を直視できるようになってきました(笑)。
アイルランドでも衝撃が走っているようで、私の友人の中にはショックで寝込んでしまったという人も。過去の移民の歴史により、アメリカとは親戚のような間柄にあるアイルランドですから、アメリカの内情によりエモーショナルに反応するのかもしれません。

日本ではトランプ氏の今後の政策や、日米関係への影響がさかんに報道されていますが、アイルランドでは、モラル(道徳・倫理)やヒューマニティー(人間らしさ)の観点からトランプ氏の勝利を嘆く声が大きいように思います。
アイルランドの友人たちから聞こえてくるのは、「女性や弱者、マイノリティーがますます生きにくい世の中になってしまう」、「トランプ氏はグローバル・ウォーミングを軽視(どころか無視)している」といった声。アメリカという国が感情的に近しいせいか、アンチ・アメリカな発言も多く聞かれ、「アメリカはついに化けの皮がはがれた」なんて皮肉を言う人も。(モラルや人間性に欠けるトランプ氏がアメリカを象徴している、という意味)

ところで、トランプ氏はメキシコとの国境に壁を作る!と発言し論議をかもしていますが、実はアイルランドにも壁を作ろうとしています。トランプ氏は壁好き…なんてジョークが飛び出しそうですが、現状ではアイルランドの壁はメキシコより現実となる可能性が高く、ジョークでは片づられない問題となってきています。

2014年にトランプ氏は、アイルランド西海岸のカウンティー・クレアにあるドゥーンベッグ・ゴルフ・クラブ(Doonbeg Golf Club)を買い取りました。400エーカーの敷地を有するゴルフ・リゾートには、5つ星の美しいリゾート・ホテルと、大西洋に面して4キロの海岸線を有する世界屈指のリンクス・コースがあり、現在、トランプ・インターナショナル・ゴルフ・リンクス・アンド・ホテル(Trump International Golf Links & Hotel)の名で営業が行われています。

そのゴルフ・コースの海岸線2.8kmにわたって、5メートルの高さの巨大な壁を建設するというのがトランプ氏のアイデア。そうしないと自分のゴルフ・コースが砂で浸食されてしまい、将来的にはホールが埋まってしまう、とトランプ氏は言うのです。

ドゥーンベッグは天然の砂丘に囲まれた美しいビーチで、地元サーファーの隠れスポットのひとつ。キャロモア・ドゥーンズ(Carrowmore Dunes)と呼ばれる砂丘はEUの特別保護区域(Special Area of Conservation)に指定されており、自然環境の上でも重要視されるスポットです。
そこに3メートル近い壁が建てられてしまったら、砂丘は破壊され、景観が台無しになるばかりか、地元の人もサーファーもビーチへ入れなくなってしまいます。ビーチの地形が変わり、サーフィンの出来る波がたたなくなる可能性も…。

ドゥーンベッグにゴルフ場が建設されたのは今から15年ほど前でしょうか。ゴルフ場が出来たらビーチへアクセス出来なくなるとサーファーから猛反対の声があがり、ゴルフ場内に「サーファーの道」を作ることで和解したという経緯があります。
その代わり、サーファーは5つ星ホテルの入り口や駐車場への立ち入り禁止。私たちはその決まりを守り、ゴルファーとサーファーが互いの権利を尊重し合って、仲良くやってきました。

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ドゥーンベッグ・ゴルフ場内の「サーファーの道」。看板には「サーファーの入り口(Surfer's Entrance)」と書かれています(2012年5月撮影)

私も何度かドゥーンベッグ・ビーチでサーフィンをしたことがありますが、ホテルやゴルフ場利用者の邪魔にならないところへ車を停めて、ボードを持って「サーファーの道」をえっちらおっちら歩いてビーチへ行くのです。ゴルフ場の真ん中を通るので、プレイ中のゴルファーの球がサーファーに当たっては大変!との配慮から、ゴルフ場の係員が旗を上げ下げして交通整理してくれることも!(笑)
ゴルフ場の建設自体が環境破壊と言われればそれまでですが、地元経済のため開発が必要なことも理解しなくてはなりませんから、互いに譲歩しつつ、環境や人に出来る限りの配慮をしてやってきたのです。
「サーファーの道」はそんなアイルランドの「リスペクトする(互いを尊重する)心」の象徴であると、誇りに思っていました。

総重量20万トンに及ぶ石を運んで来て、公共のビーチに壁を建設するというトランプ氏の計画は、あまりにも安易かつ、土地の人々への配慮がなさすぎます。
地元カウンティー・クレアの行政は、12月までに壁建設の許可を出すかどうか決断を迫られているようです。もしも行政が許可しなければ、トランプ氏はゴルフ場の経営をやめると宣言しているそうです。自分の要求を通してくれなければ、地元の経済に打撃を与えるぞ、というブラックメール(脅し)ですね。

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ドゥーンベッグ/ドウモア海岸の壁建設に反対するキャンペーンが進められています。ぜひ署名を!→Stop Trump's Irish Wall

この「壁を作る」という発想そのものが、トランプ氏という人物を象徴しているように思えてなりません。
アメリカを守るためにメキシコ国境に壁を作る。自分のビジネス(ゴルフ・リゾート)を守るために海辺に壁を作る。一見、道理にかなった解決策かに聞こえますが、その根底にあるのは、「嫌いなもの・自分の得にならないものは壁の向こうへやってしまえ!」という乱暴かつ、安易で危険な考え方。
壁を作って分断してもなんの解決にもならないことは、過去の歴史が証明しています。ベルリンの壁は崩れ、北アイルランドの壁(ピースライン)も将来的に撤去される方向へと話が進んでいるというのに、今さら壁とは、時代遅れも甚だしい。個人レベルでも、壁を作ったら友達は出来ませんよね(笑)。

トランプ氏。壁の向こうにはあるものにも、ぜひとも想像力を働かせていただきたいと切に願います。

≪関連記事≫
New campaign against Trump’s plans for Doonbeg wall
Trump’s Wall Threatens Beloved Irish Surf Spot

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実家で咲いたバラ、「ダブリン・ベイ」

母と一緒に実家の庭仕事をしていたところ、思わぬところでアイリッシュ・コネクションに出くわしました。

玄関先のバラを移植する作業をしていたところ、樹の根元に「ダブリン・ベイ(Dublin Bay)」と書かれたタグがついているのを発見。母が購入、植えて育てていたバラなのですが、名前は全く見ていなかったようです。
知らずして娘の住む街の名のついたバラを選んで育てていたとは、さすが母親!…というか、笑える(笑)。こんな偶然ってあるんですね~。

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移植前に切り花にしたダブリン・ベイ。まるで造花かと思うくらい形よく、花持ちのいいバラです。アイルランドの友人たちが以前に母にプレゼントしてくれたメイド・イン・アイルランドの焼き物とぴったり♪
(庭で咲いている様子をちゃんと撮影しておらず残念。このサイトに写真がいくつか出ています→Dublin Bay Roses

調べてみると、ダブリン・ベイは1975年、ニュージーランドで出作した四季咲きバラ。
育成家の名はサミュエル・ダラ・マクグリーディー4世(Samuel Darragh McGredy IV)。「ダラ(Darragh)」というアイルランド名や、「マク(Mc)」の付くアイルランド系の苗字が示す通り、北アイルランド出身のアイルランド人でした!やっぱり。

北アイルランドはバラの育成が盛んな場所で、19世紀にスコットランドからやってきたディクソン一族は今もベルファースト市内で園芸所を営み、新種のバラを次々に発表しています。
(→関連過去ブログ:ミセス・エーロン・ワードからディクソン・バラ園へベルファーストのバラ園へ(サートーマスアンドレディーディクソン・パーク)バラになった「WBイエーツ」
マクグリーディーさんもそんなバラ育成一家の4代目として生まれ育ちましたが、1972年、北アイルランド紛争を逃れて一家でニュージーランドへ移民、その後はオークランドでバラ栽培を続けました。彼の代表作のひとつに数えられるダブリン・ベイが、ニュージランド出作となっているのはそのせいなんですね。
ダブリン・ベイの他にも、アイリッシュ・ワンダー(Irish Wonder)、ゴールウェイ・ベイ(Galway Bay)、バントリー・ベイ(Bantry Bay)など、アイルランドにちなむ名のバラをいくつも作っています。

ダブリン・ベイはつるバラの性質を持つバラなのですが、そうとは知らずに育てていたので、母も私もなんて樹形の悪いバラなんだろうと思っていました。(本来は誘引すべきだったシュートをすっぱり切り落としてしまった…)
玄関先から壁際に移植したので、来シーズンは真っ赤なバラがきれいにクライミングするよう仕立てるときれいになるでしょう。

私のバラ好きが母に影響して、その母が買って植えたバラが偶然にもアイルランド人作。こういうつながりって面白いなーと思います。何かに意識が向くと、それに関連したものが知らず知らずのうちに引き寄せられてくるのですね。
潜在意識が地球をぐるぐる周って、ひとつにつながった!そんな気がして、とっても不思議。

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ルナサ、ヴェーセン、ナヌーク、夢の共演

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拍手鳴りやまず、感激のフィナーレ

週末は久しぶりに東京で過ごし、アイルランドの伝統音楽バンド、ルナサ(Lunasa)が出演するミュージックプラントさんの20周年コンサートへ。東京でアイリッシュ・ミュージックを聴くという、私にとっては貴重な体験(!)をさせていただきました。

2日間のコンサートの初日にうかがったのですが、会場は開演前から待つ人でいっぱい。以前にアイルランドでお仕事をご一緒させていただいた方にばったりお会いするなど、ちょっぴりアイルランド同窓会みたいな雰囲気も。
ルナサに続き、グリーンランドのナヌーク(Nanook)、スウェーデンのヴェーセン(Vasen)が次々に演奏。休憩時間には自由参加のセッション・コーナーもあって、会場内の一角がアイルランドのカウンティー・クレアかどこかの田舎のパブの夜…みたいなムードになっていたのも面白かったです(笑)。

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最後は3組同時にステージに登場、夢の共演となり、大盛り上がり!ステージ後方にルナサ、手前がヴェーセン、奥がナヌーク

3組それぞれ素晴らしかったことは言うまでもないですが、今回個人的に感激したのは、グリーンランドのナヌーク
ルナサは私にとってはお馴染みですし、ヴェーセンもケルト音楽系バンドとして聴いたことがありましたが、ナヌークに関しては予備知識ゼロ。グリーンランドで人気のロックバンドということで一体どんな曲なのか興味津々でしたが、想像以上に良かった!
彼らが歌い出したとたん「うわ~」と引き込まれてしまって、グリーンランド語の曲が披露された時にはなぜかウルウルしてしまいました。

そんなナヌークの、歌う前の自己紹介にもしびれました。「グリーンランドから来たナヌークです。グリーンランドで毎日見えるオーロラが、(ここでは見えなくて)恋しいです」…だって!
青空でも星空でもなく、オーロラが日常ってすごくないですか。東京の空を見上げて、「星が見えないね~」じゃなくて、「オーロラ見えないね~」って言い合ってるのかな、スゴイ。

添乗員時代にグリーンランドへ行ったことがありますが、かれこれ20年以上も前のこと。今回来日したナヌークの2人はやっと生まれた頃かも(笑)。もはや記憶もおぼろげですし、その時は夏でしたので、今度は毎日オーロラが見える冬のグリーンランドにも行ってみたいものです。
ルナサもそうですが、ナヌークも、聴いていると時空を超えて想いがさまよいます。アイルランドよりさらに西でさらに北の大地への憧れが呼び覚まされました。
(ナヌークは2月にも来日予定。東京と京都でコンサートに演奏するようです、ご興味ある方はぜひ。→Ice Station

ちなみに、ルナサの面々がまるでアイルランドのパブで演奏しているかのごとく、日本のステージでも「そのまんま」だったのも良かったなあ(笑)。
ミュージシャンが主役にならない感じ…とでも言いましょうか、主役はあくまでも音楽で、演奏者も聴衆もおまけ…みたいな、パブで演奏しているときと同じ空気感。アイルランドの伝統音楽の演奏者って、エンターテイナーというより職人っぽいのです。それがステージでも損なわれていなくて、ああ、やっぱりいいなあ~としみじみ嬉しくなりました♪

ルナサのショーンにも久しぶりに会えたし(それも日本で!)、アイルランドつながりの友人知人とも会えて、とても楽しい数時間を過ごさせていただきました。
ミュージックプラントの野崎さん、素敵なコンサートをありがとうございました。野崎さんの情熱&パワーにはいつも頭が下がります、素晴らしいお仕事にただただ感激♪

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ハロウィーンの発祥はアイルランド?

今日から11月。11月1日はケルト暦の新年ですから、Happy Celtic New Year! …ですね!
(→過去ブログ:ケルト暦の新年を迎えます

何年かぶりにこの時期に日本にいて、日本のハロウィーンがすごいことになっていて驚きました。(ハロウィーンの仮装…というよりコスプレ?笑)
昨日テレビを見ていたら、「ハロウィーンの起源はアイルランド!」と世界地図でアイルランドの位置まで示して解説していたのですが、おそらくそれを見た人は、あの仮装パレードの発祥がアイルランド…と思ってしまったのではないでしょうか。(笑)
アイルランドの国名がメディアに出るのはありがたいですが、正しくは、「ハロウィーンの起源は(アイルランドなどヨーロッパの辺境に到来した)古代ケルト人の祝祭」ですね。ケルト人はアイルランドにだけにいたわけではないので、必ずしもアイルランド(という国)が起源とは言えないわけです。

ただ、その説明も当たらずと雖も遠からずで、アイルランドはヨーロッパの中でローマに征服されなかった数少ない地域のひとつなので、さまざまなケルトの風習がローマ化されることなく残ったことは確か。
「ケルト=アイルランド」というイメージが強いのはそのせいで、ケルト起源の風習がことごとくアイルランド発祥…と説明されがち。アイルランドにとってはある意味、ボーナス!かもしれません(笑)。

ハロウィーンはそもそも、「サウァン(Samhain)」と呼ばれる古代ケルト人の年越し祭りが起源です。ケルト暦では10月31日が一年の最後の日。翌11月1日にかけて年が改まるその時、異界の扉が開いてあの世とこの世の境目が曖昧になります。その隙間をぬって死者の霊が地上に降りて来て、災いを引き起こすと考えられていました。
古代のアイルランドでは、10月31日の晩、ドルイド(古代ケルトのシャーマン)が巨大な聖火をたき、悪霊を追い払うための祭事が行われていました。人々は柳の枝などで編んだ被り物ををかぶって、別の生き物に扮装して悪霊から身を守ったようです。

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こんな感じ(笑)!ナーヴァン・センター(Navan Centre & Fort, Co. Armagh, Northern Ireland)に再現されたケルト村にて

アイルランドではキリスト教伝来後もケルトの精霊信仰が根強く残り、ケルトの神々や精霊は、キリスト教の聖人や民間伝承の中の「妖精」に姿を変えて生き残っていくことになります。
かつてはケルトの新年だった11月1日も、「諸聖人の日=オール・ハロウズ(All Hallows)」として聖人や殉教者を慰霊する日に取って代わられました。(All Saints' Dayとも言います)
ケルトの年越し祭だった「サウァン」は、オール・ハロウズの前夜祭として、「諸聖人の日の前夜=オール・ハロウズ・イヴ(All Hallows' Eve)」と呼ばれることに。それがなまって、

All Hallows' Eve(オール・ハロウズ・イヴ) → Hallowe'en(ハロウィーン)

となったのだそうです!

現代のハロウィーンは、アイルランド人移民がアメリカに伝え、アメリカナイズされて逆輸入&全世界に広まった形が主流。
アイルランドでも最近のハロウィーンは、子供たちの仮装や「トリック・オア・トリート!」、カボチャのモチーフやで象徴されますが、サウァンの火をともす祭りが厳かに行われている地域もあるにはあるんですよね。

ダブリンの下町では、ハロウィーンに大掛かりな焚き火をしたり、爆竹をバンバン投げるのが年中行事となっています。これはサウァンの「悪霊除け」の名残りですが、ダブリンのハロウィーンは一年でいちばん消防署が忙しい日でもあります!

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