ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

C.S.ルイスゆかりの地めぐり②~聖マーク教会

C.S.ルイスゆかりの地めぐり①~イースト・ベルファースト&近郊で触れた、聖マーク教会についてご紹介したいと思います。

ベルファースト出身の『ナルニア国物語』の作者C.S.ルイス(Clive Staples Lewis, 1898-1963)は、1899年1月、ドゥンデラ・アベニュー(Dundela Avenue, Belfast)の生家から徒歩10分程のところにある聖マーク教会(St Mark's Church Dundela, Holywood Road, Belfast)にて、牧師であった母方の祖父より洗礼を受けました。

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1873~1878年建立の聖マーク教会。ビクトリア時代の英国の著名な建築家、ウィリアム・バターフィールド(William Butterfield)設計。ロンドン一高い塔を持つAll Saints Margaret Streetや、オックスフォードの Keble Collegeを手がけたバターフィールドが、アイルランドでの唯一手がけた建造物です

ルイスを洗礼した祖父のトーマス・ロバート・ハミルトン牧師(Rev. Thomas Robert Hamilton)は、聖マーク教会の初代牧師でした。ルイスの両親が結婚式を挙げたのもこの教会ですし、少年時代のルイスが家族とともに礼拝に参列したのもここ、ルイス一家とは切っても切り離せない縁の深い場所です。

私がお客様と聖マーク教会を訪ねたのは、日曜日の礼拝が終わった直後でした。その場に居合わせた教区民の方々が思いがけず歓迎してくださり、どこからともなく職員の方が出てきて、親切にも教会内部を案内してくださいました。
教区の方々はルイスとのつながりを誇りに思っておられるようで、思った以上にルイスゆかりのものがいろいろあり、感激しました。

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ルイスが洗礼を受けた洗礼盤。今でも使われることがあるそうです

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「ルイスの窓(Lewis Window)」と呼ばれるステンドグラス。1933年にルイス兄弟により教会に寄贈されました。左から聖ルーク(ルカ)、聖ジェイムズ(ヤコブ)、聖マーク(マルコ)。真ん中の聖ジェームズが手にしている聖杯は、1908年にルイス家が教会に寄贈したもののレプリカだと言われています。(こちらの資料に聖杯の写真あり)聖ジェイムズの足元にはラテン語で、ルイスの両親の名前&亡くなった年月日が記されていますので、両親のメモリアルなのでしょう

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ルイスの祖父であり、教会の初代牧師であったトーマス・ロバート・ハミルトン牧師の記念ステンドグラス。1906年のもの。写真には写っていませんが、ステンドグラス下に英語でその旨を記載したプレートがあります

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ルイス家が教会に寄贈した聖書台は今も使用されています。福音記者の聖ジョン(ヨハネ)を表すワシ(ワシの広げた羽が神の言葉を運ぶとの考えから)

この教会は身廊と塔が出来たところで資金不足となり、内陣がないままいったん完成となりました。リネン産業で財を築いた富豪ウィリアム・ユアート(William Ewartt)の資金援助により、1891年、当初のバターフィールドのデザイン通りに最終的に完成。(それでも身廊の幅が予定より狭いままだそうですが)ルイスが生まれる7年前のことです。
ユアート家はルイスの母方と親戚だったので(友人…の記憶違いかもしれません。のちほど調べてお知らせします)、両家の子供たちは親しくしており、互いに行き来があったと案内してくれた職員の方が教えてくださいました。

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祭壇側から見た教会内部全景。船底型の天井は、なんとリネン張り!リネン産業で栄えたベルファーストならではですね

教会内部をご案内していただき、ゲストブックに記帳をして、お礼を言って教会を後にしようとしたその時。ご案内くださった職員の方が、「そうだ、もうひとつお見せしたいものがあった!こちらへどうぞ…」と言って、教会の外へ。
一体なんだろう…と興味津々でついていくと、お隣りの建物の赤い扉にある、このドアノブを差し示すではありませんか。

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ライオンのドアノブ!思わず、アスラ~ン!と叫びそうになってしまいました!

事前にこの教会のことを調べていた時、「扉の取っ手がライオン」とどこかで読んでいたので、てっきり教会の扉だと思い、見当たらないなあ~と思っていたのでした。
隣りの元牧師館(現在は教会職員のオフィス)の扉だったとは!これは教えてもらわなかったら探せなかったでしょう。しかも、思い出したかのように最後に付け足して案内してくださったのが、こちらの心を読んでくれていたかのようで何とも不思議。

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ナルニアへ行けるかな?(笑)ドアノブに手をかけるお客様(ちなみに扉は開きませんでした…)

そう、ここは聖マーク(マルコ)教会。聖マークはライオンで象徴されるのです。(ヴェネチアのサン・マルコ寺院に金のライオンのマークがついていますね)
『ナルニア国物語』に詳しい方はご存知かと思いますが、物語に登場するライオンのアスランは、物語をキリスト教的視点で捕えた場合、神(イエス・キリスト)と見立てられます。14歳でキリスト教の信仰を捨て無神論者となったルイスは、31歳で再び信心し、その後は信徒伝道者としてさまざまなキリスト教関連の著作を著しています。
一度は信仰に挫折したものの、ルイスのキリスト教徒としての人生はこの聖マーク教会から始まったのです。それを思うと聖マークの象徴であるライオンがアスラン(=神)として物語に登場するのは合点がいき、ルイス自身のパーソナルな体験や想いがそこに込められている思えてなりません。
要するにここが、キリスト教徒としてのC.S.ルイスの原点なのでした。

少年時代のルイスはこのドアノブを押して扉を開け、牧師であったお祖父さんを訪ねたことでしょう。扉の向こうに魔法の国(=神の秩序が保たれる理想郷)ナルニアがある、という発想の伏線が、なんとここにもあったか!と思わず膝を打ちたくなる出来事でした。

※『ナルニア国物語』に込められたキリスト教的視点にご興味のある方は、富山鹿島町教会の牧師さんが書かれたこちら連載エッセイを読んでみてください。読み応えあり、とても興味深いです。→「ナルニア国物語」についての牧師・藤掛順一さんのエッセイ

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夏の陽気に花咲く、軒下ガーデン

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「ダーバヴィル家のテス」も咲き始めました。育て始めて5年目の夏です

アイルランドは真夏の陽気。今日のダブリンはこちらの気候としては珍しく、無風でむあ~んとした熱気のただよう日でした。
今週はずっと日中20度を越える日が続くようで、場所によっては24、25度まで気温が上がると予想されています。

この陽気に軒下の花々が大喜び。つぼみを大きくふくらませていたイングリッシュローズが、次々と咲きだしました。

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「メアリーローズ」親株。「ダーバヴィル家のテス」同様、今年はつぼみを多くつけすぎて花が小さ目ですが、まあいいでしょう。オルトラン噴射がよく効いて、葉っぱがとてもきれいなのには満足

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「セプタードアイル」第一号。カップ咲きが可愛い

バラが花をつけるまで軒下が寂しいので…と思って3週間程前に一年草のたぐいを植えつけたのが、こんもり大きくなって、きれいに咲きていてくれます。

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ビオラ満開。この陽気が続くと、今週でいったん咲ききってしまうかもしれません

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次々咲いて、花持ちもいいサフィニア。玄関先が明るくなります

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ガザニアと白いメネシアの寄せ植えも可愛く咲いています♪

明日からツアーに出かけるので、次々咲く花を見逃すのが残念。ツアー中のお天気がいいのは嬉しいのですが、花の水切れが心配…。すべてがうまくいくようには出来ていないのですね~。

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C.S.ルイスゆかりの地めぐり①~イースト・ベルファースト&近郊

美しい夏のお天気に恵まれた今日のベルファースト(Belfast)。海外の児童文学や、英国関連の著書もおありのライターの方を、『ナルニア国物語』の作者C.S.ルイス(Clive Staples Lewis, 1898-1963)ゆかりの地めぐりにご案内しました。
自分自身の覚え書きのためにも、ご案内した場所とルイスとの関連を記しておこうと思います。

C.S.ルイスは1898年11月29日、弁護士の父と牧師の娘であった母との間に生まれました。
その頃のベルファーストは、造船とリネンを中心に産業革命の恩恵を受けて栄えていた時代。ルイスの父方の祖父はダブリンから産業革命の波に乗ってベルファーストへやって来て、造船関係のビジネスをおこして成功しました。ルイスの生まれる前年にベルファーストは町から市へと昇格、ルイスが生まれた年にシティーホールの建設が始まっています。
そんな活気に溢れた時代のベルファーストで、ルイスはアッパークラスのお坊ちゃんとして生まれ育ったのでした。

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ドゥンデラ・アベニュー47番地(47 Dundela Avenue)で生まれました。生家は残っておらず、生家跡地に建つアパートの壁に記念プレートがあります(小学校の向かい側)

1999年1月、ルイスは生家跡地から徒歩10分程のところにある聖マーク教会(Sr Mark's Church Dundela, Holywood Road)で、牧師であったルイスの母方の祖父より洗礼を受けます。
この教会のことはルイス一家がのちに寄贈したものなどを含め特筆すべきことがいろいろありますので、後日あたらためてご紹介したいと思います。

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ルイスが洗礼を受けた聖マーク教会(Sr Mark's Church Dundela, Holywood Road)

1905年、ルイス7歳の時に、一家は高台の高級住宅地に移り住みます。リトルリー(76 Little Lea, Circular Road)という名の、赤れんがの切妻屋根の邸宅でした。

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Little Leaとは「小さな場所」という意味だそうですが、屋号に反して大邸宅です。現在はプライベートのため家全景を写真を納めるのははばかられたので、門柱のみ

リトルリーの屋根裏がルイス少年の部屋で、父親に買ってもらった双眼鏡(天体望遠鏡と書かれているものもあり)で窓から造船所のあるベルファーストの街を眺めていたと聞いたことがあります。
世界最大級の造船所であったハーランド・アンド・ウォルフ社 (Harland and Wolff)がタイタニック号を造船していたのが1909~1910年、ルイス10~11歳の頃。そんな様子も、もしかするとつぶさに見ていたかもしれませんね。

『ナルニア国物語』は、ぺペンシー家の4人兄弟姉妹が、疎開先の家にあった衣装ダンスの扉を開けてナルニアという不思議な国へ冒険に繰り出す…というお話ですが、そのモデルとなった衣装ダンスがこのリトル・リーにあったと言われています。
父方の祖父がオーク材を細工して作った大きな衣装ダンスで、兄と一緒にタンスの中にもぐりこんでは冒険物語を語って過ごしたそうですが、そんな少年時代のささいな思い出からのちの名作が生まれたのですね。

リトルリーでの少年時代は、その後のルイスの人生にさまざまな影響を与えることとなります。
本をたくさん読む少年で、ビアトリクス・ポターの絵本やイーディス・ネズビットが愛読書。ポターの動物たちにインスピレーションを得て、兄と一緒に「ボクセン」という架空の動物王国を作ったのもこの頃です。(『ナルニア』に出てくる言葉をしゃべる動物たちの発想はここから来たのかも)
1908年、ルイスが10歳の時、最愛の母が癌であの世へ旅立ってしまうという悲劇が起こったのもこの家に暮らしていた時でした。幼くして母を失ったことはルイスの生涯に渡り、大きな影を落とすこととなります。

ルイスは主に自宅での個人指導で教育されました。母の死後、兄と同じ英国の寄宿学校へ行くのですが、ほどなく学校が閉鎖。その後、リトルリー近くのキャンベル・カレッジ(Campbell College)へ2か月間だけ通っていたことがありました。

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1894年創立の名門男子校キャンベル・カレッジ

この学校のドライブウェイにある街燈が、衣装ダンスを開けたところに立っているナルニア国の街灯のモデルであると言われています。(別の説もあり)

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キャンベル・カレッジの街灯

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ポーリン・ベインズの『ライオンと魔女』の中の有名な挿絵。街灯を見比べてみると、やっぱりキャンベル・カレッジのものとそっくりですよね。ルーシーがタムナスさんと初めて会うこのシーンはナルニア全編の中でも特に印象的。特にこの絵のイメージで記憶に焼き付いています(「ナルニア国の父C.S.ルイス」岩波書店より)

ちなみに、この挿絵をあらためて見てみると、木立の感じに見覚えが…。今や「ゲーム・オヴ・スローンズ(Game of Thrones)」のロケ地として大人気の、同じく北アイルランドにあるダークヘッジズ(Dark Hedges)とよく似ていませんか? モデル説(根拠なし)を唱えたくなるほど(笑)。
ブナの並木道、ダークヘッジズ

C.S.ルイスがキャンベル・カレッジに2か月しか通わなかったのは、呼吸器系の病気になったからでした。
その後はイングランドの温泉療養地にある学校へ行ったり(その時期にキリスト教の信仰を離れ、神話やオカルトにはまる)、リトルリーに戻り個人指導を受けたりして、1916年、17歳の時にオックスフォード大学の奨学金を授与され、最終的にアイルランドを離れることになります。

ルイス生誕100周年の1998年に、ハリウッド・アーチズ図書館(Holywood Arches Library,4-12 Holywood Road)の前にC.S.ルイスの銅像が建立されました。
今日お客様をお連れして行ってみると、歩行者&サイクリスト用の道を作るための開発プロジェクトにより、その辺り一帯が工事現場と化していました。ルイス像にもカバーがかけられていて、残念ながらお客様にお見せすることが出来ませんでした。
(今年2月には見られたので、その後にこうなったのでしょう。カバーがいつ外されるのかは不明)

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ルイス本人が衣装ダンスの扉を開けようとしている、こんな銅像(2005年撮影)→ベルファーストとナルニア国

近くにルイスにちなむ壁画(Murals)が2か所あるので、そこもご案内。

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ルイスの顔、アスラン、街燈、ケア・バラベル城など。長い壁画で一枚の写真に納まらず(Pansy Street off Dee Street)

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こちらには衣装ダンスをあけるルーシーも登場。白い魔女の顔が怖い…(Convention Court off Ballymacarrett Road)

アイルランドを離れた後も、折に触れてベルファーストを訪れていたというルイス。
57歳の時にユダヤ系アメリカ人ジョイ・ディビッドマンと結婚し、ハネムーンで北アイルランドを訪れた時には、ベルファースト近郊のクロウフォーズバーンという小さな村に滞在しています。
ルイスとジョイが滞在した宿は今や結婚式で人気の4つ星ホテル。今日は時間がなくてそこまでお客様をお連れ出来なかったので、別の時に取った写真です。

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オールド・イン(Old Inn, Crawfordsburn, Co. Down)。茅葺き屋根の部分は1600年代の歴史的な建物

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レストランにはルイスの名が付けられています

『ナルニア国物語』は、私が子供時代に大好きだった文学作品のひとつです。その作者が生まれ育った島に将来住むことになるとは思いもよらず、当時は衣装ダンスのマジックにとてもとても憧れていました。
こうしてあらためてゆかりの地めぐりをしてみると、ルイスはナルニアを創作しながら、自分の幼少時代を追体験していたのだと思えてなりません。
久しぶりにもう一度、ナルニアを読み返してみたくなりました。


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リスバーン・ロードのセレクトショップ(ハリソン)

ベルファースト(Belfast)にて、仕事の合間に友人とショッピング。
…の予定は本当はなかったのですが、リスバーン・ロードを歩いていたら良さそうなセレクトショップがあり、ちょっと見てみましょう、と入ってみたところ、大・大・大リテールセラピー(←「衝動買い」というより聞こえがいいですよね・笑)に発展してしまったのでした。

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このショップ、決して新しくオープンしたわけでなく以前からあったというのですが気が付かなかった…

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715-719&721 Lisburn Road, Belfast, Co. Antrim BT9 7GU
Tel: +442890 683910/+442890 666016
オープン 9:30-17:30、日曜日休業

私の好きなMason Scotchや、Guess、French Connectionといったポピュラーなブランドに加え、デンマーク、オーストラリア、ビンテージ風英国ブランドなどが多彩な品揃え。セレクトショップとしては店内も広く(2件が中でつながっている)、見応えたっぷり。

さんざん見て回ったあとで私と友人がさらにはまったのが、店内奥にあるセールのコーナー。定価の6割、7割引きのドレス、トップ、ボトムやジャケットがずらり。
あれやこれやと試着して楽しみ、夏に向けてワードロープに新しく加わることになったのがこの5着。我ながら買い過ぎかな…とも思いましたが、1着20ポンド台のドレスがほとんどなのです。「これはショップに置いていけないよね~」と友人と言い合ってはレジへ運びました(笑)。

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奥の2着はビンテージ風ですが、キュロット・タイプなので夜の外出時にカジュアルに着られそう。手前2着はFrench Connectionです♪

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ドレスの他、トップも2着購入。バーゲン品でなかったのは、黒皮ポケットのついたノースリーブのボーダートップのみです

一緒に選んだり、試着し合ったりしてくれた友人のおかげで、これまでのテイストとちょっと違ったドレスがワードロープに加わったのが嬉しい。人に勧められて着てみたら意外に似合った…ということはよくあるので、時々、家族や仲良しの友人とショッピングすると新しい発見があって楽しいものです。

私はベルファーストで洋服を買うことが割に多いのですが(ダブリンよりすいている、量販店ばかりになってしまったダブリンに比べてブティックやセレクトショップが多く掘り出し物に合える)、以前からのお気に入りのショップはヨーク・クロウジング
ヨークも今も大好きですが、あちらは高級&おしゃれカジュアルが主流。ハリソンはより大衆的なセレクトで、日常着として着られるドレス(ワンピース)の品揃えが豊富なので、ドレス派の私には嬉しいショップです。

そして…セール品はまさに宝の山でした♪

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メイド・イン・アイルランドのターキッシュ・デライト

ベルファースト出身の『ナルニア国物語』の作者、C.S.ルイス(C.S. Lewis, 1989-1963)ゆかりの地をご案内するという楽しみな仕事をいただき、ここ数日、C.S.ルイスに関する資料をあらためて読み返したりしています。

お客様より物語に出てくるお菓子、ターキッシュ・デライト(Turkish Delight)を食べたい!とのご希望をいただき、どこで買えるかな?と調べていたら、Hadji Bey'sというメイド・イン・アイルランドのターキッシュ・デライトを発見。


レトロな箱のデザインは1960年代の当社の新聞広告のレプリカだそう。250グラム入りで9.99ユーロ。ピンクの箱はローズ、黄色い箱はローズ、オレンジ、レモン3種類のミックスです

ターキッシュ・デライト(「トルコ(人)の喜び」の意味)とはその名が示す通りトルコ発祥のお菓子。砂糖にコーンスターチなどのでんぷんを加えて作る、甘くてやわらかいお菓子で、「ロクム」とも呼ばれます。ちょっと日本の「ゆべし」に似た食感。

イギリス、アイルランドではポピュラーなお菓子ですが、毎日食べるものというより、ちょっと高級感・特別感のあるもの。「甘くてやわらかい」ものが好きな子供たちの好物でもあり、『ナルニア国物語』では、ペペンシー家の4人兄弟姉妹のひとりエドマンドが白い魔女に「ターキッシュ・デライトをたんまり食べさせてあげるからいらっしゃい~」とかなんとか言われて、ついて行ってしまうんですよね~。


1センチ四方位のゼリー状。私の故郷・長野県上田市の名物「みすず飴」にもちょっと似てるかも?(みずず飴の方が固めですが)

ちなみに、私が子供の頃に愛読していた瀬田貞二さんの訳では、「プリン」となっていました。日本人に馴染みのないお菓子なので、同じく「甘くてやわらかい」、日本の子供が好きな「プリン」にしたのでしょうね。

Heidi Bay'sは、1902年、アメリカ国籍のトルコ人移民Harutun Batmazianさんがコークで開催された万博で祖国トルコのお菓子を作って売ったのが始まり。ほどなくコーク市内に専門店をオープン、2代に渡って繁盛しましたが、1970年代に閉店。2010年に復刻版として再び日の目を見ることになり、現在はカウンティー・キルデアのニューブリッジ(newbridge, Co. Kildare)でハンドメイド&箱詰めされています。

アイルランド国内の高級食材店、及び、イギリスでも販売されているとのこと。(私はDonneybrook Fairで買いました)
お客様にひと箱、自家用にひと箱買ってきて、早速いただいてみました。口の中でとろりん~ととろけるような食感、緑茶でもコーヒーでも合いそう。でも、エドマンドが白い魔女の誘惑に負けた気持ちが分かるような、分からないような…そんなお菓子です(笑)。

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キングサリが咲き始めました

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青空に黄色が映えます。フッツウィリアム・スクエア(Fitzwilliam Square, Dublin 2)にて

日増しに緑が濃くなる今日この頃。木々の花々が咲き誇る季節になりました。
マロニエ、ライラック、一歩郊外に出ればサンザシの白い花があちらこちらで目につくようになり、ダブリン市街地の公園や住宅街の庭先では、私の大好きなキングサリ(Golden Chain Tree)も咲き始めました。
キバナフジとも呼ばれるこの花、大木になり、まるで黄金のシャワーが空から降り注ぐような美しさ。

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まだ開いていない花もありますので、これから満開に向けてまだまだ楽しめそうです

英国にはこの木の並木で有名なところがあると聞いたことがあります。きれいでしょうね。
いつか自分の庭を持ったら、必ず植えたい木のひとつです♪


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ローリーズ・カフェで朝食を…

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目玉焼き&ベーコンのブレックファースト・ロール。パンはブラウンブレッドで

今日はダブリン市内観光のご案内だったのですが、通勤ラッシュが始まって交通渋滞する前に家を出て、早めに着いてお客様のホテル周辺で優雅に(?)ブレックファーストを楽しみました。

時々、むしょうに食べたくなるブレックファースト・ロール。こちらローリーズ・カフェ(Roly's Cafe, Ballsbridge, Dublin4)のものはとってもお上品でおいしかったです。

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ボールズブリッジのランドマーク的な老舗レストラン。一階のカフェでは朝7時半からブレックファーストをやっていて、カジュアルなメニューが楽しめます

朝から元気いっぱいに仕事出来ました♪

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ロレイン&ダニーの結婚式!…翌日

楽しかったロレイン&ダニーの結婚式翌日。思いがけずストランドヒル(Strandhill, Co. Sligo)の波のコンディションが良く、サーフィンをすることに。

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昨晩明け方まで踊っていた私たち、我ながら元気(笑)

家族との時間を過ごしていたロレインとダニーも途中から加わって、結婚初日の記念すべきサーフ・セッションを一緒にすることが出来ました。

結婚式は金曜日だったので、多くの出席者が週末通して周辺に宿泊。昼間は思い思いに過ごし、夜はストランドヒルのパブにご家族、友人の主要メンバーが大集合。前夜の披露宴とは違ったカジュアルな雰囲気の中で、新郎のダニーのお友達やご家族とも交流出来て、これまた楽しい夜となりました。
こうしてみんな家族になり、今後支え合っていく新郎新婦の友人の輪が広がっていくのですね。

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結婚初日のロレインを囲んで、サーフ仲間で集合写真

結婚式当日は雨降りでしたが、翌日はうって変わって素晴らしい夏日和。美しい夕日をみんなで眺め、パブで楽しく過ごし、満月に照らされてホテルへ。
ロレイン&ダニーのハッピーなオーラに包まれて、楽しい夏の始まりを予感した週末でした♪

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ストランドヒルの夕日。午後8時半過ぎです

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ロレイン&ダニーの結婚式!

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数日後にハネムーンでハワイへ旅立つ2人のために、ハワイアン気分いっぱいのウェディング・カー!(傘をさしながら…というのがやっぱりアイルランドですね・笑)

この週末は友人ロレインとダニーの結婚式で、スライゴ(Co. Sligo)へ出かけていました。
ロレインはサーフィンを通じて知り合った友達。過去数年、週末のサーフトリップで部屋をシェアしたり、クリスマスにご実家に招いてもらったり、ポルトガルやコスタリカへ一緒にホリデーに行ったり…と、本当に親しくお付き合いしてきた友人のひとり。以前は家も近くて、よく行き来していたものでした。

ダニーと知り合って、彼も一緒にサーフィンをするようになり、私たちのサーフトリップに一緒に来るようになりました。指折り数えて待ちに待った2人の結婚式に、親しい友人たちと参列する楽しさ&感激は想像以上のもので、私たちにとっても思い出深い、素晴らしい週末でした。

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結婚式はサーフスポットとして有名なストランドヒル(Strandhill, Co. Sligo)の小さな教会にて。ご家族&友人総勢120人が参列、厳粛かつ美しいカトリックのセレモニーでした

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お式が終了してリラックスした表情の2人。幸せいっぱいの笑顔で教会を退場

実は挙式後に、私たちの大仕事がありました。教会から披露宴会場のホテルへの送迎をサーフ仲間のスティーブンがすることになり、この数週間、あれやこれやとアイデアを練ってきた私たち。ついにその日がやってきて、ピカピカに磨きあげたスティーブンの愛車、真っ赤なベンツがサーフボードをのせて、ビーチボーイズをガンガンに流しながら登場!

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新郎新婦が出てくる直前。すでにおおはしゃぎのアンマリーと私

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車の後ろには「Just Married」のステッカー。週末通してこのステッカーを付けて走り回っていたスティーブンは、ストランドヒルの有名人になりました(笑)

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教会から出てきたダニーとロレインの、びっくり仰天&大感激のひとコマ

写真では見えにくいのですが、車の上にくくりつけられた2本のボードのうちの一本は、なんとアイロン台なのです!アイロンボードが新郎のダニー用、サーフボードは新婦のロレイン用…というジョーク(笑)。

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すっかりショファーになり切っているスティーブン。挙式後にアロハシャツに着替えて登場するアイデアもあったのですが、運転手帽のみにとどまりました(笑)

挙式に続く披露宴は近くの古城ホテルにて。本当に楽しくて楽しくて、終わってほしくない!と思うほどでした。
ディナーに続いてアイルランドでもやはりスピーチ・タイムがあるのですが、延々長いことが多いので、一体何分かかるか仲間内で賭けをしたんですね。みんな30分以上、40分以上の予想でしたが、私はなぜか「28分!」と頭に浮かんだので、みんなに短すぎる!と言われながらもその通り予測。すると、5人スピーチしてトータル24分、私がいちばん近かったので、みんなからの5ユーロづつの掛け金をもらってしまいました。ラッキー!

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披露宴会場にて。仲良しみんなで記念撮影♪

スピーチでオフィシャルなパーティーはひとまず終了、その後はバンドが来てダンスが始まります。ファーストダンスはベストマンとブライズメイドが踊り、その後に新郎新婦…というのが習わしですが、事前にロレインからファーストダンスはなし、デヴィッド・ボウイの「レッツダンス」がかかるので、全員でダンスフロアーへ!と言われていたので、音楽がかかるや否や、総立ちでダンスが始まりました!
バンドが2時ごろ終了して、その後はロレインや私たちが大好きなDJが登場。朝4時まで、新郎新婦はもちろん、お父さん&お母さんたちもみんな一緒に踊りあかしました。

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ダンスの合間にケーキカット。踊りまくっていてケーキカットを見逃した人多し…(笑)

なんと楽しく、ハッピーなウェディングだったことでしょう。ロレイン&ダニー、おめでとう。そして、素晴らしい結婚式をどうもありがとう!

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アイリッシュ・ウィスキーの異端児、クーリー蒸留所

ここ数日、ウィスキー関連のビジネス視察のお客様をご案内させていただいていました。
今日は北アイルランドとの国境近くにあるクーリー蒸留所(Cooley Distillery, Co. Louth)へ。キルベッガン・ウィスキー(Kilbeggan Whiskey)などを製造している蒸留所ですが、一般公開していませんから、こういう機会でもない限り見ることが出来ません。貴重な経験をさせていただきました。

クーリー蒸留所は1970代まではジャガイモを蒸留する工場で、地元の人からは「アルコール工場(Alcohol Factory)」と呼ばれていたそうです。ここで作られるジャガイモの蒸留液は「プチーン」と呼ばれる蒸留酒として飲料される他、消毒液として病院で使用されたり、もっと古い時代は燃料として使われたと聞いて驚き。なんと食べるだけなく、ジャガイモをエネルギーとして使っていたんですね。
ジャガイモの蒸留液はガソリンの替わりになり、乾燥させると石炭の替わりにもなると聞いたことがあります。20世紀初頭、トラクターなどが普及していく頃の話ですから、農家では単価の安い「イモ・エネルギー」が重宝されたのでしょう。

その旧ジャガイモ蒸留所を1985年に購入してウェイスキー工場にしたのが、アメリカでアイリッシュ・ウィスキーの歴史を研究をしていたジョン・ティーリングさん。この時にはアイルランド島で稼働するウィスキー工場はミドルトン、ブッシュミルズの2か所のみになっていましたから、クーリーは100年ぶりの新ウィスキー蒸留所となったわけです。
2012年に工場は売却され、現在は日本のサントリーの小会社です。(正式にはビーム・サントリー社)
(ジョン・ティーリングさんはその後、18世紀にご先祖が創業したダブリン市内の蒸留所を再稼働させますが、それが昨年オープンしたティーリング蒸留所ですね)

クーリー蒸留所ではモルト・ウィスキー(原料が麦芽)とグレイン・ウィスキー(原料がトウモロコシ)の2種類を同じ工場内で製造しています。4~5種類の違った銘柄のウィスキーがここで作られますが、いずれも伝統的なアイリッシュ・ウィスキーの「異端児」的なものばかり。
伝統的なアイリッシュ・ウィスキーは、モルトにした大麦(麦芽)と未発酵の大麦を混ぜ合わせて3回蒸留する「シングル・ポット・スティル」が主流。南部のミドルトン蒸留所はこの方法ですね。

クーリーで製造しているのは麦芽のみを使った「モルト・ウィスキー」(3回蒸留すると香りが失わるという考えから、クーリーでは蒸留は2回のみ)や、トウモロコシを原料とする「グレーン・ウィスキー」。グレーン・ウィスキーは通常アイルランドではモルトとブレンドしてしまうのですが、クーリーでは「シングル・グレーン・ウィスキー」といって、グレーン・オンリーのウィスキーを作っているのが大きな特徴。
伝統的なアイリッシュ・ウィスキーのスムーズさとは対照的に、バーボンみたいなエッジの効いた味わいのウィスキーで、私はなかなか好きです。

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お土産にいただいた4種のミニボトル箱詰め。「キルベッガン8年(Kilbeggan 8years)」が「シングル・グレーン・ウィスキー」。カネマラ(Connemara)」は「ピーティッド・シングル・モルト・ウィスキー」といって、スコッチのようにピート(泥炭)でいぶされた麦芽を原料とするシングル・モルト。サントリーさんが日本で販売しているのがコレです。いずれも伝統的なアイリッシュ・ウィスキー「らしからぬ」点が特徴

グレーン・ウィスキーは、コラムスティル(塔式蒸留器)という筒状の蒸留器を使って蒸留されます。アイルランドの他の蒸留所にあるのは伝統的なポットスティル(単式蒸留器、アラジンの魔法のランプみたいな形の窯)のみなので、今日クーリーの工場内で初めて目にして、感激。(工場内の写真はお見せ出来ないので残念)
これはアルコール工場時代から使用していたものなのだろうか、と疑問がわいたのですが、私の仕事は通訳なので自分が質問するわけにはいかず(自分が質問したいこと、いっぱいあった・笑)、あとで聞いてみましょう、と思っていたらそのまま聞き忘れてしまいました。

アイリッシュ・ウィスキーはここ数年「復興」ムードにあり、各地に新しい蒸留所が次々オープンしています。スコッチの台頭、20世紀初頭のアメリカの禁酒法の影響、アイルランド経済の低迷などによりすっかりダメージを受けたアイルランドのウィスキー産業ですが、近年新たな蒸留所が次々オープンし、アイリッシュ・ウィスキーの新時代がやってきた感があります。
現在アイルランド島内にロングランの蒸留所が4か所、新しい蒸留所が11か所。さらに許可申請を通ってこれから建設予定…という工場が22もあるそうですから、今後ますます特徴的なクラフト・ウィスキーがしのぎを削る時代になるでしょう。

※クーリー蒸留所は一般公開されていません。ご見学はキルベッガン蒸留所(Kilbeggan Distillery)へどうぞ。

※サントリーさんの「カネマラ」の製品紹介ページに、クーリー蒸留所&キルベッガン蒸留所についての詳しい説明と写真があります。→クーリー蒸留所と製法

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挿し木から育てたメアリーローズ 開花

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メアリーローズを見るといつも思うのですが、幼稚園の時にピンクの薄紙で作った紙の花みたい♪

バラの季節がやってきました。今年もいちばん乗りで咲いてくれたのは、やはりメアリーローズ(Maryrose)。
美しいピンク色と、かぐわしい香りに見飽きがありません。

実はこのメアリーローズ、昨年挿し木から育てたものなんです。
選定した枝を使って、初めてバラの挿し木に挑戦。6~7月にかけていろいろな種類を10本くらい挿し木したのですが、育ったのはこれ一本だけでした。さすが、ヘンリー8世自慢の軍艦から名付けられたというメアリーローズ、強いですね。花付きも育てやすさも抜群の品種です。

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3つの鉢のうち、手前がこの子。日付は昨年6月8日、小さな差し穂が1年経って見事に成長してくれました。感無量♪

冬の間は室内で育て、成長するごとに一回り大きな鉢に植え替え。ひょろひょろした茎が支えられないくらい伸びた時に剪定して、今年2月位だったでしょうか、外に出しました。
お母さんである4年越しのメアリーローズより先に、挿し木から育った子が開花。親子ともどもつぼみをいっぱいつけていますので、これから毎日楽しみです♪

※メアリーローズに関する過去ブログ
今年最初に咲いたバラ、メアリーローズ(2013年5月26日)
2週間も早い、バラの開花(2014年5月9日)
メアリーローズ、2番花(2014年7月8日)
メアリーローズ 開花(2015年5月25日)
繁忙期の中休み…(2015年8月3日)

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クロンドーキンの聖ブリジッドの井戸

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聖女ブリジット像。良く育ったツタの葉と捧げもので、像が見えないくらい…

今朝、グループさんの終日ツアーのご案内のため、ご宿泊ホテルへ向かってクロンドーキン(Clondalkin, Dublin 22)を歩いていたところ、道端に聖なる井戸を発見。
立ち止まって見てみると、聖ブリジッドの井戸(St Briged's Well)でした。

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フェアリーツリー(Fairy Tree、御神木のこと)のふもとにお花や捧げものがいっぱい

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願掛けにギフトを置いたり、木の枝に布を結んだりします

交通量の激しい道路の脇にあるものの、囲いがされて、地元の人に大事に守られている様子が見て取れました。

家に帰ってから調べてみると、5世紀に聖女ブリジッドがここにわく泉の水で人々をキリスト教に洗礼した聖地であるとのこと。湧き水には病を癒すパワーがあり、若い女性が泉の水に布を浸し、その布で顔をぬぐうと、眼の病気が治ると言い伝えられているそうです。
ブリジッドはアイルランド初の女子修道院をキルデア(Kildare)に建てた聖人で、ブリジッドと布の伝説が有名。修道院を建てるための土地をください、地元の王に願い出るのですが、王はなかなか首をたてにふってくれません。ブリジッドは「私が腰に巻いている布で覆えるだけの土地でよいからください」と言って王を説得、いざ腰から布を外してふわ~っとしたら、その布がどんどん広がってキルデア全体を覆ってしまったので、広大な土地を手に入れることになり、そこに修道院を建設したと言われています。

若い女性が泉に布を浸すと…というのは、聖ブリジッドにまつわる伝説に由来するのでしょうね。

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こちらが井戸のようですが、1990年代に脇に道路が建設されて水路が分断されてしまい、現在は枯れてしまったそう。それでも聖地として土地の人々に守られています

ちなみにクロンドーキンは、現在はダブリン郊外のごく普通の庶民的な住宅街ですが、昔は聖地だったのでしょうね。住宅街に忽然と1000年前に建立されたラウンドタワー(Roundtower)がそびえていたりします。(こちらの過去ブログに写真あり)

ちょっと行き難いホテルで、路面電車を降りてからえんえん歩かなくてはならなかったのですが、普段歩かないところを歩いたおかげで思わぬ発見が出来ました。
朝から聖なる井戸見物で始まった一日。とっても気分よく、すがすがしい気持ちで過ごせました♪

場所は、Newlands Cross交差点をClondalkin方面へ向かう、R113(Fonthill Rd S)沿い。Topazガレージと次の交差点との間にあります。

※聖ブリジッドに関する過去ブログ:うるう年のロマンス?

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マリン・ヘッドで「スター・ウォーズ」のロケ始まる

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アイルランド最北端の地にストームトルーパー現る!(写真はいずれもPHOTOS: Stormtroopers swarm to Star Wars set in Donegalより)

来年公開予定の「スターウォーズ エピソード8」ですが、アイルランド南西のスケリッグマイケル(Skellig Micheal, Co. Kerry)に加え、最北端マリン・ヘッド(Malin Head, Co. Donegal)でも撮影が行われることが先日発表されましたが、どうやら今週末のようです。

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マリン・ヘッドにミレニアム・ファルコンらしきセットが登場!

ルーク・スカイウォーカー役のマーク・ハミルをはじめとする俳優陣も、本日ベルファーストの空港に到着。この週末に主要なロケが行われるようで、マリン・ヘッド周辺の道路は8:00~21:00まで通行止め(日曜日まで)、ドローンなどで撮影内容を盗撮されることのないよう航空規制も出されているという徹底ぶり。

地元のスター・ウォーズ・ファンの男性が、ストームトルーパーに扮してロケ現場周辺に出没している(冒頭写真)というニュースがなんとも可笑しい。
この方、マクゲティガン(J.J.McGettigan)さんという男性で、「自分はEG1826、エメラルド駐屯地からやって来た!」と言っているそうです(笑)。

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ロケ地近くのパブ、Farran's Barにもい出没。俳優陣含むロケ・スタッフはここで食事をとることになるようです。パブ内の「Strictly no use of the Forse on the premise(建物内でのフォース使用厳禁)」の張り紙が笑える

こちらにも地元の盛り上がりを示す写真がいろいろ載っています→Donegal has gone all out welcoming Star Wars to Malin Head(Daily Edge 5月21日付)

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クルーズ船のシーズン到来

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接岸した客船の出口でお客様をお待ちする間にパチリ。近すぎて、船というより、まるで巨大なビルのよう(笑)

今年もクルーズ船がアイルランド沿岸の港町にやって来るシーズンとなりました。
今日は今シーズン最初の客船でダブリン港に寄港されるグループさんのご案内。素晴らしいお天気に恵まれ、終日ダブリンの市内観光にご案内させていただきました。

今年ダブリン港に入港予定の客船は、過去最高の113隻。これからのシーズン、多い時は日に3隻、4隻と入港してきます。
本日お迎えした客船はMSCスプレンディダ。この船は全長333メートル、つい10日程前にもダブリンにやってきたばかりですが、ダブリン港に入港した過去最長の客船として話題になりました。

近年の客船の大型化に伴い、すっかり手狭になってきたダブリン港。こういう長い船は狭いダブリン港では方向転換が出来ないため、リフィー川にお尻を突っ込むかたちでバックさせてから出港するのですが、その様子もなかなかの見ものです。
(5月3日にスプレンディダが来た時の様子→333m MSC Splendida Cruise Liner Sails into Dublin Port


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ディングル遺跡めぐり② キルマルケダー教会

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夏のディングル半島を彩る真っ赤なホクシャ(Fuschia)が教会壁の赤砂岩によく合います(写真はすべて2012年8月撮影)

ウェールズのオガム石のことを書くために写真を探していたら、ずい分前に書きかけてそのままになっていた記事を発見したので、頑張って書き上げようと思います。
(関連過去ブログ:ディングル遺跡めぐり① ビーハイヴ・ハット

ディングル半島における初期キリスト教史跡の真珠(…と私が勝手に読んでいる・笑)とも言えるのが、こちらキルマルケダー教会(Kilmalkedar Church, Co. Kerry)。この地域特有の赤砂岩と、ロマネスク様式が美しい12世紀建立の教会堂です。
馬蹄型のアーチが美しいロマネスク様式は、発祥地フランスからアイルランドに一世紀ほど遅れて伝わってきますが、その後に流行したゴシック様式に建て替えられてしまうことも多いため、現存するものは限られており、貴重です。

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たたずまいがなんとも美しい

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ロマネスク様式のいちばんの特徴である馬蹄型アーチ。教会内部には、やはりロマネスク様式の特徴であるブラインド・アーチ(壁がくり抜かれていないアーチ)もきれいに残っています

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アーチ拡大。3重のアーチ。アーチにジクザグ文様や人頭がつけられているのはアイルランドならではの特徴で、アイリッシュ・ロマネスク様式と言われます

この教会には珍しい石碑が何体か残されていて、教会の建物だけでなく、そちらも見逃せません。

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教会内部にあるラテン十字が刻まれた石碑。ケルト十字ではなく、ラテン十字なのがポイント。さらに、写真では側面になるので写っていませんが、ラテン語のアルファベットで「6世紀 DNI(Dominicという名を意味するそう)」と書かれています。ラテン語はキリスト教布教によってアイルランドにもたらされたものですから、キリスト教伝来直後の早い時期に、こんな南西の果てで盛んな教会活動があったことがうかがい知れます。この石は上部が割れてしまっていますが、円形のデザインがちらりと見て取れるので、もしやそこにはケルト十字があったのでは…などと考えてしまいますが、そうだったらより面白いですね

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こちらは日時計の石。穴の開いているところに棒を刺して、その陰で時刻を見ました。このように上部が平らになった半円形の十字架は、巡礼路に多く見られるもの。ケリーの守護聖人聖ブレンダンの聖地でもあるこの地は、ディングル半島最高峰のマウント・ブランドン(Mount Brandon, 952m)への巡礼路の中継地でもあるので、巡礼者の巡礼ステーションに置かれた石でもあったようです

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そして、ひとつ前のブログでご紹介したオガム石。石の先端には、上の日時計と同じような穴が開いていますが、アイルランドのオガム石には時々このような穴あきのものがあります。その穴にちょうど光が当たって写り、ご利益ありそうな感じの写真になりました

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アイルランドの多くの廃墟となった教会跡地がそうであるように、ここも墓地。ケルト十字のユニークな墓石が多く、これはシャムロック付きの十字架

国内に数ある教会堂の廃墟の中でも、特に好きな場所のひとつです。ホクシャが咲く時期にまた訪れたいものです。

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ディングル半島の生垣にホクシャがさかんに植えられたのは1920年頃。修道士たちの時代にはなかった花、現代の私たちだけのお楽しみですね


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ウェールズ「ケルト紀行」⑤ ラテン語並記のオガム文字

ヨーロッパ大陸を西へ移動し、イベリア半島西端へ行き着いたケルト人は、紀元前700年頃から徐々にブリテン島、アイルランド島へ北上して来ました。
精霊信仰で、自然万物に神が宿ると考えていた彼らは、話し言葉には魂が宿ると考えていました。文字表記すると「言霊」が失われてしまうという理由から、長い間文字を使用せず、モノゴトを伝承で伝えていたのです。
ケルト系の言葉(アイルランド・スコットランドなどのゲール語類、ブルターニュ・ウェールズ・コーンウォールなどのブリトン語類)に固有の文字がないのはこのためですね。

キリスト教の布教に伴いラテン語のアルファベットが普及し、ケルト系の言葉もABC…のアルファベットに当てはめて表記されるようになるのですが、それはずっと後になってからの話。
いくら言霊が失われる…とは言っても文字がない不便さもあったようで、地域によってはアルファベットを借用して文字を表記したこともあったようですが(エトルリア文字やギリシャ文字から借りたらしい)、全く新しい文字を「発明」するということをしたのは、アイルランド島に渡ってきたケルト人だけでした!

それが「オガム(Ogaham)」と呼ばれる、石に刻まれた文字。点と線で構成され、点で表される母音が5文字、線で表される子音が15文字。合計20文字。
5で割り切れるので、指を使った暗号として使用したのが始まり、との説もあります。
(どんな文字が見てみたい方は、このサイト右側の一覧表が見やすいでしょうか→The Ogham Alphabet
4世紀頃にアイルランド南部で発明されたようですが、キリスト教布教の足音がそろそろ聞こえてくる頃ですので、やはりラテン語のアルファベットに何らかの刺激と影響を受けて「文字表記」というアイデアに至ったものと思われます。

ところがやはりケルト。そもそもの概念がラテン語のアルファベットと全く違うのです。オガムは横書きではなく、縦書き文字なのですが、なんと上から下へ…ではなく、「下から上へ」読みます!
それぞれの文字には樹木の名が当てはめられていて、樹木信仰の強い古代アイルランド人(ケルト人)は、木が下から上へ育つと同様に文字も下から上へ読むのだ、と考えたようです。文字とはいえど、そこには信仰の匂いがプンプンしますね。
書かれている内容は土地の所有者や王様の墓碑銘が主ですが、そもそものコンセプトが極めて呪い(まじない)的。文字になってもやはり「言霊」っぽくて、なんだか「生き物」的なのです。
モノの本にはドルイドが儀式に使用した秘密文字…などと説明しているものもありますが、というより、当時の世の中全体が「呪い的」であったということだと思います。

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ディングル半島のキルマルケダー教会(Kilmalkedar Church, Co. Kerry)に残るオガム文字が刻まれた石。写真に写っている側は線(子音)ばかりですが、たいていの場合、反対側に点(母音)が刻まれていて、下から上へとジグザグに読んだりします(2012年8月撮影)

オガムが刻まれた石(以後、オガム石)は、アイルランド島に約300見つかっています。そのうち3分の2が南部のカウンティー・ケリー(Co. Kerry)&カウンティー・コーク(Co. Cork)。アイルランド島外では約75見つかっていますが、そのうち40がウェールズ、30がスコットランド。
4世紀から7・8世紀頃までの300~400年間に渡り、使用されたようです。

すっかり前置きが長くなってしまいましたが、今回のウェールズの旅で、ウェールズに残るオガム石を見ることが出来て感激したので、そのことを書きたかったのでした。
オガム文字は解読されていますが、どうやって解読出来たかというと、ウェールズなどブリテン島に残るオガム石にはたいていラテン語が並記されていたからです。それを照らし合わせて文字を解読したんですね。
ローマ人が来なかったアイルランドにあるオガム石は、オガム文字オンリー。「どうやって解読したんですか?」というお客様からのご質問に、「ブリテン島にラテン語が並記されたオガム石が残っているので…」とお答えしてきましたが、それをこの目で確かめることが出来て感激でした。

こちらが今回ウェールズで見た、2体のラテン語付きオガム石。いずれもオガム文字が薄くて、写真にほとんど写っていないのが残念ですが。

まずは、マルガム石の博物館(Margam Stones Museum)で見た、Pumpeius Stoneと呼ばれる6世紀の墓碑銘。
高さ1.35メートルの赤砂岩。ラテン文字、オガム文字それぞれで名前が書かれていますが、説明書きによると、ラテン文字では英名、オガム文字ではアイルランド名に書かれているとのこと。

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石の平らな表面にラテン文字。角にオガム文字。写真をクリックして拡大して、向かって右角の下&左角の上をよ~く見ていただくと、オガム文字が見えます

そしてこちらは、ネヴェルン近郊の聖ブリナッハ教会(St Brynach's Church, Nevern)で見た、Vitalinus Stone。
説明書きには高さ1.93メートルと書かれていますが、そんなに高くなかったです。せいぜい1.3メートル位。上部が割れたか何かしたのでしょうか。5~6世紀のもので、やはり墓碑銘のよう。Vitalinusという名がラテン文字とオガム文字で書かれているようです。

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こちらも写真をクリックして拡大して見ていただくと、向かって左角の上の方にオガム文字が見えます

(ちなみにこの教会ゆかりの聖ブリナッハはアイルランド出身。非常に美しいケルト十字架や、血を流す木などがある興味深い教会だったので、そのことはまた後ほど…)

このウェールズの石たちを見て、アイルランドがローマ化されなかったことがいかに大きなことであったかを、つくづく思い知りました。
こういうふうにラテン語で「翻訳」されてしまうと、オガムの持つ魔力のようなものが一掃されてしまって、ただの「文字」になってしまう。ラテン語並記のオガム石をついにこの目で見て感激したものの、アイルランドにあるオガム石の持つある種の迫力のようなものは、ウェールズの石からは感じられませんでした。魔法がとけちゃった感じ(笑)。

★ウェールズ関連ブログ
ウェールズ「ケルト紀行」の準備中
ウェールズ「ケルト紀行」① ただ今、ご案内中…
ウェールズ「ケルト紀行」② アングルジー島を満喫!
ウェールズ「ケルト紀行」③ 「イン」に泊まる(ボウマリスのオールドブルズヘッド)
ウェールズ「ケルト紀行」④ 崖の割れ目の聖ゴヴァン礼拝堂

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ウェールズ「ケルト紀行」④ 崖の割れ目の聖ゴヴァン礼拝堂

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岩の割れ目に建つ珍しいチャペル、聖ゴヴァン礼拝堂

先週のウェールズの旅の様子をちらちらとご紹介させていただいていますが、ケルトに造詣が深いリピーターのお客様をご案内しての「ケルト紀行」でしたので、リサーチから実際のご案内まで、私にとっても非常に興味深い旅でした。
アイルランドに関係する場所や印象に残った箇所などは、これから少しづつご紹介していきたいと思います。

★関連ブログ
ウェールズ「ケルト紀行」の準備中
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まずは、お客様とあとあとまで「あそこは面白かったですね~」と話題にのぼったこちらの場所、岸壁の岩の割れ目に建つ聖ゴヴァン礼拝堂(St Gavan's Chapel)。
礼拝堂は高さ50メートルの崖の上…ではなくて下(!)にあるので、70段強ある石段を海へ向かって下っていきます。

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眼下のスレート屋根が目指す礼拝堂。小雨が降る日でしたので足場が心配でしたが、段差は低く、よく整備された石段でしたのでノープロブレムでした

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一体どこから礼拝堂内部に入るんだろう、まわり込んで海の方から入るのかな…と思って近づいったら、こんな狭い隙間に入り口があった!

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そして、内部。縦5.3メートル、横3.8メートルという小さなチャペルは11~13世紀建立

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窓からは岸壁と海が見えます

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そして、チャペルを通り抜けて海側に出るとこんな感じ。まるで岩の割れ目に挟まるように建っています。入り口に立つのは、楽しみにしていた場所に来られて嬉しそうなS様

聖ゴヴァンはアイルランド出身の聖人。AD500年頃にアイルランドのウェックスフォードで生まれ、海を渡って対岸のこの地へやって来たとされています。
この頃、ヨーロッパ大陸から多くのキリスト教伝道師がブリテン島、アイルランド島へ渡って来ていました。西ローマ帝国が崩壊して混乱に陥ったヨーロッパ大陸を逃れて、ローマの影響が少なく、まだまだ改宗の余地のある異教徒が多く存在していたブリテン島の辺境地や、(ローマ人がやって来なかった)アイルランド島に新天地を求めて渡って来たのです。
時を同じくして、聖パトリックによりキリスト教が伝来したアイルランドでは、パトリックに続くさまざまな伝道師がアイルランド島内のみならず、地理的に近いウェールズやスコットランドへも布教活動に来ていました。となると、当時のウェールズには「大陸から来た伝道グループ」と「アイルランドから来た伝道グループ」の2つのキリスト教グループがあったことになります。

2つのグループが海辺に到着して、ローマ人が築いた「ローマン・ロード」を伝って定住するにふさわしい場所・布教活動しやすい人の多い場所を目指すのですが、アイルランド人はそもそも好戦的気質に欠けていますから、大陸から来るグループに何かと後れを取りがちだったようです。さらにアイルランドの初期キリスト教は密教性・隠遁性が強いですから、崖沿いだとか、離島だとか、わざわざ孤立した過酷な場所を好んで住み、孤独の中で、ある意味気ままに修行する傾向がありました。
となると、「大きな町へはあちらのグループが行っちゃったから、自分たちはこの崖沿いで自由気ままにキリスト教ライフを送ろうか」なんてことになり、人里離れた不便な場所に定住しがち。よって、そういう「辺境の中の辺境」といったローケションにある教会や聖地は、「アイルランド人聖者のゆかりの地」である場合が多いのです(笑)。

話が長くなりましたが、そういうわけで、ここがアイルランド出身の聖者ゆかりの地というのは、私としては納得。とんでもない場所にあることが多いのです。
伝説によると、聖ゴヴァンはアイルランドからウェールズに向かう途中で海賊に追われ、命からがら海岸に到達。すると目の前の岸壁がガガッ~と開いてゴヴァンを取り込み、海賊から守ってくれたそうです。ご加護に感謝してこの地にとどまり、魚を採りながら隠遁生活を送り、海賊の来襲を土地の人々に伝える役目を果たして一生を終えたとか。
AD586年3月26日にこの地で亡くなり、現チャペルの下に埋葬されているそうですから、ここが聖ゴヴァンの墓所ということになりますね。

もうひとつ、伝説。聖ゴヴァンは愛用の銀の鐘をチャペル上部の鐘楼に取り付ける予定でしたが(とは言っても、当時はチャペルはなかったはずですが…)、海賊に持ち去られてしまいました。すると空から天使が現れて、鐘を奪回、二度と盗まれることのないように巨大な岩の中に埋めてくれたそうです。それ以来、聖ゴヴァンがその岩をたたくと、通常の鐘より何千倍も強い音で鳴り響いた…そうな。
で、その「鐘の岩(Bell Rock)」が今もあるというのですが、water edgeにあるという説明から、私はこの岩だと思うんですよね。

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ちょっと細長いけれど、鐘みたいな形。背後に見えているのがウェールズ南西部ペンブルックシャー(Pembrokeshire)の最南端、セント・ゴヴァンズ・ヘッド(St Govan's Head)です

教会にコブのようにくっついている岩もちょっと怪しい感じ。water edgeにあるという説明を読まなかったら、これだと思ったかもしれません。

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聖ゴヴァンの時代にはチャペルはなく、岩の割れ目の洞窟のようなところで生活していましたので、これであるはずはないですが

聖ゴヴァンが誰であったかに関しては別の説もあり、アーサー王の円卓の騎士のひとり、ガウェイン(Gawain)と同一人物であるという説もあるようです。
ウェールズにもイングランドやコーンウォール同様、「アーサー王伝説」があちらこちらに息づいており、今回の旅でもアーサー王の円卓(ローマ時代の闘技場)やら、アーサー王が投げた石(古代のドルメン)などいろいろ見ましたが、伝説ももとは歴史的真実から発生していますから、聖人であり、騎士であり、なんらかのスゴイ人が偉業を成したことには変わりないでしょう。

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パイント・グラスでアイスティー…の日

今年は3月・4月の気温が例年より低く、春になっても肌寒いような日が続いていたのですが、5月になってようやく気温が上がってきたようです。昨日今日と昼間に時間があったので、ガーデンセンターへ行って土や植物を買い足し、ずっと先延ばしにしていた軒先の鉢植えの整理整頓をしました。

バラが咲き始めるまで色がなくて寂しいので、ビオラを小さな鉢に花壇風に植えたり、球根ベゴニアを買い足して植えたり。新しい花も欲しくなって、オレンジ色のガザニアを白いネメシアと一緒に植えてみたり。
あー、楽しい♪

昨年初挑戦したハンギングバスケットも、前回の反省を活かして再挑戦。今年は2色のサフィニアのみのバスケット。昨夏は水切れで苦労したので、表面にミズゴケをびっちり敷き詰めて完成。花がこんもりなってきたら、写真をお見せしますね。

数年間活躍してくれたミントがダメになってしまったので、新しい苗を買って植えつけました。作業後に早速、切り詰めたミントの葉で、ミント入りアイスティーを。
今日は日差しがとても強くなる瞬間があって、その時にちょうど外で作業していたので、気分はちょっとだけ「夏」になりました。

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ギネスのパイント・グラスでゴクゴク飲むのがおいしい♪

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2か月遅れで新政府、発足

そう言えば、私がウェールズに行っている間にティーショック(Taoiseach=アイルランド首相)がついに決定、新内閣が発足したようですね。

2月末に総選挙が行われた(過去ブログ→アイルランドの投票率、高いか、低いか?)ものの、票割れしてしまい過半数を得る党がなく、その後ずっと協議が続いていたのでした。
2大政党のフィナゲール(統一アイルランド党)とフィナフォール(共和党)の連立政権が話し合われていましたが、協議は難航。総選挙から2か月経ってやっと、第2党のフィナフォールがフィナゲールの少数政権を認めるかたちで、合意にこぎつけたとのことです。

ということは結局、第1党はは変わらず。総選挙後に形の上でいったん辞任したフィナゲール党首のエンダ・ケニー(Ennda Kenny)前首相が再選となりました。
賛否両論あるようですが、2か月にわたる無政府状態(!)が終了し、まずはひと安心…といったところでしょうか。

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首相の座に返り咲いたエンダ・ケニー首相(5月7日付けThe Irish Timesより)

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絶景!霧にむせぶモハーの断崖

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モハーの断崖をバックにポーズするコヒツジ。あまりの愛らしさに何枚も連写してしまいました(笑)

ウェールズの旅から昨日戻り、今日はロンドン在住の方をお連れして、ダブリンから日帰りでモハーの断崖(Cliffs of Moher, Co. Clare)へ。
朝出発する時は土砂降りのお天気でしたが、西へ向かうごとに徐々に小降りに。それでも断崖が見えるかどうか心配でしたが、いざ到着して車を停めて雨に濡れながら歩いていくと、霧にむせぶ幻想的な断崖が目の前に見えて感激。

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「エイリーン(Aill na Searrach/Aileen)」と呼ばれる岩の柱。過去に何十回となく見ているモハーの断崖ですが、今日の美しさは格別でした

ちなみにこのビューポイントは、ビジターセンターのある入場口から入ったところではなくて、周辺の知る人ぞ知る絶景スポットのひとつ。以前にもご紹介したこの場所です。→絶景!モハーの断崖とエイリーン
この時はウシがポーズを撮ってくれましたが、今日は羊の大群でした(笑)。

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波ひとつない、湖面のような静けさ。この場所に冬には大波がたつとは信じられないほどです。断崖見学の遊覧船が静かに行き来していました。あー、美しかった…

※この場所への行き方…リスカノー(Liscannor, Co. Clare)方面から断崖へ向かった場合。モハーの断崖の正規の入場口&駐車場を通り過ぎて、下り坂の大きなカーブを曲がった直後左側にハイキング道のサインポストがあります。その近くの安全な場所に車を停めて、サインポストから海の方へ約10分歩きます。駐車場はありませんので、ご自身の責任で駐車してください。足場悪く、崖付近は整備されていませんので、くれぐれもご注意ください。(大型バスは駐車できません)

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ウェールズ「ケルト紀行」③ 「イン」に泊まる(ボウマリスのオールドブルズヘッド)

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街のメインストリートに面する入り口には、宿の名前であるブル(雄牛)の看板が

今回のウェールズの旅で宿泊したホテルの中で、お客様も私もとても気に入ったのがアングルジー島のボウマリス(Beaumaris, Anglegey, Wales)で2泊したオールドブルズヘッド・イン(Ye Old Bulls Head Inn)。
文豪チャールズ・ディッケンズも泊まったという15世紀創業の歴史あるイン(宿屋)。伝統的な様子を活かしながらも現代風に居心地良く改装されていて、チャーミングで洗練されたプチ・ホテルでした。

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旧館ラウンジは昔ながらの雰囲気。天井の梁や暖炉が時代を感じさせます

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年代物のブルーウィローのお皿がズラリ

宿泊は、昔ながらのイン(旧館)とモダンなアパートメント(新館)の2タイプあり、私たちはアパートメントに泊まりました。

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お部屋は色別。館内の壁の一部のミラーに、どの色の部屋が何階にあるか記されています

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私の部屋は「ピスタチオ」。ピスタチオ・グリーンで統一されたこじんまりしたお部屋

そして、何よりも素晴らしかったのが、ここのレストラン(Brasserie)のお食事。この辺りで評判のレストランのようで、平日にも関わらず宿泊客以外の人も多く食事に来ていて、いっぱいでした。
なんとか予約が取れたので、新鮮な地元の食材を使ったお料理に、2泊連続でお客様とご一緒に舌鼓を打ちました。

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薄切り生ビーフとロケット&パルメザンチーズ。カルパッチョのようですが、オリーブオイルなどでマリネードしていません

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シラスのフライが絶品でした♪

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ウェールズ牛のリブアイ・ステーキは、とろけるようなやわらかさ。一泊目に私が食べているのを見て、二泊目にお客様も注文。お客様のディッシュを横からパチリ(笑)

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焼きガレイもおいしかったです

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デザートにいただいた温かいバナナ・ブディングとアイスクリーム、イチジク添え。とってもおいしくて、お客様は2晩連続で召し上がっていました(笑)

アングルジーで思いがけないプチ・ホテル&グルメ体験。初めての町で、仕事とはいえ、ちょっぴりホリデー気分でした♪

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海辺の町ボウマリス。海の向こうに見えるのはウェールズ最高峰のスノードン山地

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ウェールズ「ケルト紀行」② アングルジー島を満喫!

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ホリーヘッド先端のサウス・スタック(South Stack, Holy Island)、絶景。アイルランドはここから直線距離でたったの100キロ、なんとダブリン南部のウィックロウ・マウンテンが肉眼でもうっすら見えて感激!(残念ながら写真に写るほど鮮明ではありませんでしたが)ちなみに「危険な崖」の看板は英語・ウェールズ語の二か国語表記

ウェールズ「ケルト紀行」のご案内もいよいよ大詰め。北部ウェールズに来ています。

今日は終日、アングルジー島(Anglesey)の景勝地&史跡めぐり。ウェールズ&イングランド最大の島であるアングルジーは、ダブリンからの定期フェリーが着くホリーヘッド港(Holyhead)のある島。地理的にアイルランドにいちばん近い「イギリス」です。
アイルランドによく似た景色や史跡をそこここで目にし、お客様も私もこの地をとても気にいってしまいました。

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狭いところでは幅がたったの200メートルというメナイ海峡でブリテン島と切り離されているアングルジー島。19世紀建造の吊り橋メナイ・ブリッジ(Menai Bridge)を渡ってやってきました。後方にスノードニアの山々も見えて、これぞウェールズ!といった景色

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ペンモン岬(Penmon)の灯台。満潮時だったので海の中に灯台がありました

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ペンモン修道院の聖セイリオルの井戸(St Seiriol's Well)をのぞき込むお客様。アングルジーとその対岸のスリン半島には聖なる井戸が各所にあり、さまざまな聖人ゆかりの地となっています

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スリグヴィ遺跡(Llugwy)。新石器時代末期の巨石古墳

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サウス・スタックの海岸沿いでアイルランドでもよく見かける花を多く目にしました。ダブリンのホウス半島を散策しているような気分になりました(笑)

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ホリーヘッド付近にはこういう立石が無数にあるとのこと。ツインの立石がフォトジェニックなペンローズ・ヴェイロ(Penrhos Feilw)は約4000年前のもの。背後に見えるのはホリーヘッド最高峰のMynydd Twr(219メートル)

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海上の教会として知られる聖クウィヴァン教会(Cwyfan Church)。干潮時のみ渡れるので、時間を合わせて行きました。聖クウィヴァンはグレンダーロックを創始したアイルランドの聖ケヴィンと同一人物。サウス・スタックで、グレンダーロックのあるウィックロウ・マウンテンを海の向こうに見晴らしたばかりでしたので、聖ケヴィンがここを超えて来たのか…と納得&感激

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ニューグレンジよりはかなり小型ですが、同タイプの新石器時代末期の古墳ブリン・ケリィ・ドゥ(Bryn Celli Ddu)

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そしてアングルジーと言ったらコレを見逃すわけにはいきません、世界一名前が長い村の駅。全58文字の村名が書かれている駅を写真に撮るのが定番(笑)

アイルランドとの絡みで詳しくご紹介したい場所がいくつかありますが、ツアー終了後にまたゆっくり書きたいと思います。

ちなみにウェールズ滞在中に5月になり、季節が急速に進んだ気が。今日は今年初めて「夏」を感じた日でした!
明日はいよいよウェールズ観光最終日。お天気にも恵まれて、去りがたいくらいに楽しんでいます♪

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ウェールズ「ケルト紀行」① ただ今、ご案内中…


ウェールズのケルト十字架。アイルランドとは違った形の多彩なハイクロスがいっぱい。ストランットウィットメジャーの聖イルトトゥド教会(St Illtyd's Church, Lantwit Major)にて

今回のUKでの仕事は、ケルト好きのリピーターのご夫妻様をご案内してのウェールズ「ケルト紀行」。(→過去ブログ:ウェールズ「ケルト紀行」の準備中
この2日間、南部ウェールズをご案内させていただきましたが、ケルトの痕跡をたどりながら、美しい景色や古代史跡、教会、古城などを私もご一緒に楽しませていただいています。

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カエルウェント(Caerwent)のローマ遺跡。ウェールズには、アイルランドにはやって来なかったローマ人の痕跡が残るのも興味深い点です。ここはケルト人をローマ化するため、ケルト人のために作られたローマ風の町

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カエルレオン(Caerleon)のローマの円形闘技場。伝説によると「アーサー王の円卓」!

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ガウワー半島(Gower Peninsula)にて。アイルランドによく似た景色♪

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港町テンビー(Tenby)のホテルは、城門の中にありました。入り口がわからずに通り過ぎてしまった(笑)

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飛び込みで入ったパブにてサンデー・ランチ。薄切りのジューシーなラム・ローストに、新鮮な温野菜がたっぷり。ウェールズは食事もおいしい♪

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ブルーベルの群生地見つけた!車をとめて急きょ、ブルーの森を散策

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ウェールズの守護聖人、聖ディヴッド像。セント・ディヴッズの大聖堂(St David's Cathedral)にて

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セント・ディヴッズの大聖堂近くのにある聖ノン礼拝堂跡(Chapel of St Non)。ここが聖人ディヴッドの生誕地で、生まれた時に雷が鳴って泉が湧き出したそうです。聖なる井戸は今も残っていました


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先史時代の史跡も多いウェールズ。ストーンヘンジと同じ水成岩の巨石遺跡、ペントレイヴァン(Pentre Ifan Burial Chamber)。ウェールズ一保存状態の良い新石器時代の古墳だそうです

明日は北部ウェールズへ。ウェールズのケルト十字架、ローマ遺跡に残るケルトの痕跡、アイルランド出身の聖人ゆかりの地など、いろいろと突っ込んでご紹介させていただきたいトピックがありますが、ホテルのWifiの状態もイマイチなので、またのちほど時間のある時に。

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