ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

サラ・ジェシカ・パーカーとドネゴール

昨日より『セックス・アンド・ザ・シティー2(Sex And The City 2)』がダブリンでも公開され、なんだか大騒ぎです。

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Sex And The City 2 - 日本では来週末より公開されるようですね!

公開のかなり前からTVやラジオで話題となっていたこの映画。気のせいかこの週末は、街でSATCファッションの女の子たちをたくさん見かけたような…!
ここまで来るともはや映画の内容がどうのこうの…というのを越えて、「あの4人が再びスクリーンに帰ってくる~!きゃ~!!!」みたいなノリなんですよね(笑)。

ドラマ時代からほぼリアルタイムで見ていて、ニューヨークでは「SATC・終日バスツアー」に参加、もちろんシリーズのDVDも全部持っています!…というのは、私のこと(笑)。
公開2日目の今日、早速、観に行って来ました!
これが予想以上にすっごく良くて、泣いたり、笑ったり…の大満足の140分。ファンの方はもちろん、そうでない方も多いに楽しめると思いますのでお楽しみに。

ところで…。
キャリー役で大ブレイクしたサラ・ジェシカ・パーカー(Sarah Jessica Parker)は、アイルランドにほぼ毎年ホリデーにやって来る著名人のひとり。
南ドネゴールの小さな村キルカー(Kilcar, Co. Donegal)にホリデー・ホームを所有していて、ご主人のマシュー・ブロドリック(Matthew Broderick)&お子さんと共によく現れるらしいです。
(昨年10月にSJPがドネゴール・タウンに現れたことを報じた地元の新聞→Donegal Democrat

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アイルランドの中でも特に美しいこのエリア、有名なスリーヴ・リーヴの近くでもあります。キルカー近くのマクロス・ヘッド(Muckross Head)にて(2009年7月撮影)

ここはもともとマシュー・ブロドリックのご両親のお気に入りの場所で、子供の頃からしばしばホリデーにやって来ていた彼が、SJPを連れて来たのが始まり。初めて来たのは、2人の結婚前だそう。
地元ではすっかりお馴染みのこの2人。キルカーの村のパブ、ツイードやウールのショップ、近くのビーチや農場でしばしば目撃されていますが、アイルランド人はわーわーきゃーきゃー騒がずそっとしておいてあげるので、ハリウッドの大スターもここでは安心してくつろげるようです。

SATCではシティー・ガールのキャリーですが(エイダンの田舎のコテージで退屈していましたよね!)、サラ・ジェシカ・パーカーご本人はドネゴールの田舎の暖炉のあるコテージが大好きなんだそうです♪
私もこのエリアは大好きで機会があるごとに訪れているので、ヒツジの写真を撮っていたらキャリーがいた~!なんてことが、もしかしたらあるかも?

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月刊ソトコト・2010年6月号

久しぶりに…「月刊ソトコト・6月号」(2010年5月5日発売・木楽舎)に記事を書かせていただきました。

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月刊ソトコト6月号(No.132)

「World Ecology Hotline」のページの短い記事で、アイルランド初のエコビレッジ(Cloughjordan Ecovillage, Co. Tipperary)の紹介。10年の歳月を費やしたプロジェクトで、昨年やっと初の住民が入居して話題となりました。
よろしかったらぜひ、ご覧になってみてください!

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ヒースロー空港のアイルランドへのトンネル

一泊二日でロンドン出張。
アイルランドに比べて、何かと堅苦しい雰囲気のロンドン。
仕事を終えてヒースロー空港に着き、アイルランド行きのゲートへ進むにつれて、次第にだらり~とした肩の力の抜けたような雰囲気になっていくのがいつも可笑しいです(笑)。

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アイルランド行き搭乗口への長~いトンネル。このトンネルの中で魔法にかけられて、みなアイルランド化されていくような…

トンネルの両側には、ブルマーズ(Blumers=アイルランド産リンゴの発泡酒)のリンゴ畑の写真。
ここを抜けてゲートに着くと、緑のアイルランドまではもう海をひとまたぎするのみ。そろそろアイルランド訛りも聞こえてきて、緊張が一気にほどけていきます♪
はあぁ~。

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キングサリの季節

この時期のアイルランドは、マロニエやサンザシ、ライラックなど、木の花がとてもきれい。
中でもひときわ目を引くのが、レモンイエローのこの花です。

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ゴールデンチェーン(Goldenchain)。日本名もそのまま、「キングサリ」というそうです

藤の花を黄色くしたようなこの花が、街の公園や民家の庭からこぼれ落ちるように咲いている様子は圧巻。
将来、自分の家が持てたら、庭に必ず一本欲しい!と思う木のひとつです♪

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ワニータのご先祖の城を訪ねて

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15年ぶりに再会した元ペンフレンドのワニータと一緒に

20年来の友人ワニータと、本当に楽しく思い出深い2日間を過ごしました…!
ペンフレンドとして知り合った私たちは、この20年で会うのは3度目。最後に会ったのは15年前だというのに、ワニータは当時と全く変わらず、まるで昨日別れたばかりかのように話が弾む、弾む…。

ご先祖の出身地であるアイルランドをへ、ご両親を連れてくるのが夢だったというワニータ。
アイルランド南東部にあるご先祖のお城へと私が車を運転してご案内し、私にとっても忘れられれない思い出となりました。

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Rossiter家のご先祖の城である、16世紀のラスマックニー城(Rathmacnee Castle, Co. Wexford)

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1820年頃、プリンス・エドワード島へ移民したワニータの曾々お祖父さんが住んでいたという、ウェックスフォード・タウンのTrimmer's Lane(Wexford Town)

カナダのプリンス・エドワード島で農場を営むワニータのご両親は、カナダ国外に出るのはこれが初めて。
お父さんのBobは「カナダ以外どこへも行きたくないけれど、先祖の地アイルランドの土は死ぬまでに踏みたい」と常に言っていたそうです。
今から18年前、私がプリンス・エドワード島へ行ったときに、本当によくしてくれたワニータとそのご両親。
ご先祖の地を踏み、そこの空気を吸い、「このことは一生忘れないよ」と涙ながらに喜んでおられる様子を見て、あの時のご恩返しがやっと出来たような気がして私もうるうるしてしまいました。

ワニータのご両親の中では、私は「日本から来た小さな女の子」として記憶に残っていたようで(笑)、「あの時の小さかったあなたが、まあ、こんなに大きくなって…。英語も上手になって、私たちを車で案内してくれるなんてねぇ…」と繰り返し言っておられるのが、なんだか可笑しく嬉しくもありました。
当時20歳そこそこで海外へ出るのも初めてだった私は、さぞかしお世話をかけたことでしょう。きちんとしたお礼も出来ないままでいたので、今回ワニータやご両親が喜ぶ顔を見られた本当に嬉しかったです。

それにしても、不思議な縁で結ばれた私とワニータ。
ワニータがアイルランド系であるとか、私がアイルランドに住むことになるとか、そんなことが全く予想できなかった頃から、すでに2人の間には「アイルランド」という共通のアイコンが伏線として張られていたような…。

次は15年も間をおかずに会おうね!と約束して別れた私たち。
今回のアイルランドでの再会をきっかけに、これからはもっとこれからはもっと縁が深まりそうです♪

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楽しかったティータイム♪

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アイリッシュだった…私のペンフレンド!

子供の頃から外国に憧れていた私は、中・高生になって英語の読み書きがそこそこ出来るようになると「海外文通」というのを盛んに行っていました。
多い時はペンパルが何人もいて、イギリス、デンマーク、中国などから手紙が届いていたように思います。
海の向こうから届くエアメールをわくわくしながら封切ってみると、日本人には読みにくいような筆跡の手紙と共に、家族と一緒に写った写真、時にはその国独特の小さなギフトが入っていたりして、これが海外の香りなのね!と本当にわくわくしたものでした(チョコレートが溶けてベタベタになって出てきたことも!)。
まだEメールのなかった古き良き時代の、懐かしい思い出ですね。

数多くいたペンパルもひとりふたりとやり取りが途切れ、最後にはたった一人に。
17歳の時に友人の紹介で文通が始まった、カナダのプリンス・エドワード島に住む同じ年の女の子、ワニータ(Juanita)です。
『赤毛のアン』好きの私(プリンス・エドワード島は作品の舞台)と、日本文化に憧れるワニータ。手紙は時には長文となり、学校生活のことから、将来の夢まで、いろいろなことを書き綴っていました。
(当時は私は作家になりたい!と言っていて、ワニータは看護婦さんになりたい!と言っていました!)

それから数年後、大学生になってやっと海外へ行くお金が貯まり、ワニータの住むプリンス・エドワード島へ会いに行きました。
旅程が決まり、日本から電話をかけると、海の向こうからの電話に驚いたワニータが「オー・マイ・ゴッド(Oh My God!)!」と言ったんですね。うわ~、外国人は本当に「オー・マイ・ゴッド!」って言うのね~と変なところに感激したのを覚えています(笑)。
生まれて初めての国際電話、初めての海外旅行でした。

プリンス・エドワード島へは、小説の中のアンと同じように、本土からフェリーで渡りました。
船着場でワニータのおばさんといとこさんが、「Maoko(Nじゃなくて、なぜかM)」と書いたサインをかかげて待っていてくれたことを覚えています。ワニータ本人は、アイスクリーム屋さんのバイトがあって、迎えに来られなかったんですね。

それからの2週間は、まるで夢のようでした。
ワニータの自宅に寝泊りさせてもらい、本当によくしていただきました。ご家族と一緒に教会へ連れて行ってもらったり、誰かさんのパーティーがあって島名産のロブスターをこれでもかというくらい食べさせてもらったり、夜は焚き火でマシュマロを焼いたり…。
まだ英会話が不完全だった私は、同じ年のワニータとは意思疎通が出来るのに、お父さんやお母さんの言っていることはあまりわかっていなかったように思います。

それから数年後、今度はワニータが英語の先生になって日本へやって来ました。
一年間の滞在だったのですが、赴任地が遠かったので会ったのは一度だけ。
この時、ワニータから実家に電話がかかってきて会う約束をしたのですが、英語の全くわからない私の母が応対したにもかかわらず、パーフェクトに意思疎通が出来ていたのが今でも不思議でなりません…!

それ以降はもうほとんど長い手紙のやり取りはなくなり、バースデーやクリスマスにカードを送り合う程度になっていたのですが…。
10年前にアイルランドに引っ越したことを手紙で知らせると、なんとこんな返事が返ってきたのです。

「私の先祖はアイリッシュなんです!!!」と。

なんと彼女のお父さん方がアイルランドから移民で、ワニータはアイルランド系カナダ人だったのです!

後で知ったことですが、プリンス・エドワード島というところは19世紀のある時には島民の3分の一がアイリッシュだったというくらい、アイルランド移民の多い場所。
そういえばワニータの一家は島に多い長老派教会ではなく、カトリック教会へ行っていました。
当時の私はそこにアイリッシュ・コネクッションを見出すような知識は全く持っておらず、ワニータとアイルランドがつながるとは思ってもみなかったのです。
これには本当に驚き、なにやら運命的なものまで感じてしまいましたが、きっとワニータとそのご家族の方がもっと驚いたことでしょう。日本人の私がご先祖の地に住むことになったのですから。

先祖の城が南東部のウェクスフォード(Wexford)周辺にあると手紙に書かれていたので、アイルランドに来た最初の年にその城を見に行き、写真を撮って送りました。
ワニータのお父さんや親戚の皆さんがとても喜んでくれたと聞き、私の嬉しかったのを覚えています。

最近は手紙のやり取りはほとんどなくなった代わりに、facebookで近況報告。
そしてアイルランドにはいつか必ず行くから!と言い続けてたいたワニータが、ついに先週、ご両親と一緒にやって来たのです!
周遊ツアーに参加しているのですが、明日はご両親も一緒にツアーを離団して、私がご先祖の城へお連れすることになっています。

初めて手紙をやり取りしたのは、20年余年前。
最後に会ったのは、15年ほど前…でしょうか。
私は作家にはならずにツアーガイドになり、ワニータも看護婦さんではなく、公文書館の学芸員となりました。…で、2人ともまだ独身です(笑)。

明日が楽しみ♪

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裏山が燃えている!

昨晩遅く、家の裏の森が火事になりました!
外出先から戻ったハウスメイトが「丘の上が燃えている!」と言うので外に出てみると、花火大会の後のような煙くさいにおいが…。家の裏手に煙も上がっていました。

野次馬心に火がついた私たちは、深夜に近い時間だったにもかかわらず、煙の方向へいざ出発。
途中で給水中の消防車に出くわしたり、パトカーに「ここから先は入っちゃダメ」と言われたりしながら、森の周りをあっちでもないこっちでもないと車でグルグル周っては火災現場をいろいろな角度から眺めていたのですが、1時間もしないうちに火は見えなくなってしまいました。
どうやら、あっという間に消化されたようです。

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丘がメラメラ燃えていました…!

何日も乾燥した日が続いたので、ハリエニシダ(gorse)の茂みから自然発火したのかもしれません。
(ハリエニシダはこんな花です。過去ブログ→ハリエニシダの言い伝え

一夜明けて…。
野次馬心にまだおさまりのつかなかった私たちは、森の中を見に行ってみました。
煙くさいにおいをたどって行ったら、丘の上に焼け野原が…!

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ああ…ワラビが…

発見が早かったのか、この時期はよくあることなので消化はお手の物なのか…。何はともあれ、大規模な火災にならなくて良かったです。
山火事のあとはワラビがよく出るので、この場所は来年のためにしっかり覚えておかなくては!

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『嵐が丘』をハイキング(ブロンテ姉妹ゆかりの地-英国)

先日イングランドをご案内させていただいた時に、ブロンテ姉妹のゆかりの地ハワース(Haworth, Yorkshare, UK)に滞在して、小説『嵐が丘(Wuthering Heights)』の舞台となった荒野をハイキングしてきました。

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ハワース周辺にはハイキングのルートがいくつもありますが、嵐が丘へのハイクはなんと往復10キロ!

19世紀英文学史上にその名を大きく残すこととなったブロンテ姉妹ですが、彼女たちの父親は北アイルランドのカウンティー・ダウン(Co. Down)出身のアイルランド人。
(少々古い記事ですがこちらをご参照ください→ブロンテ父の故郷を訪ねる

一族はもともとカウンティー・ミース(Co. Meath)出身で、父方の祖父は地元ではよく知られた語り部だったそう。姉妹の文学的素養はそのあたりから来ているのかもしれず、アイルランドとのコネクションは見逃せません。

実際に作品が生み出されたのは、彼女たちが育った英国ヨークシャー地方の小さな町、ハワース。
これまでハワースに来ても『嵐が丘』の舞台とされる荒野の中の廃墟までは足を伸ばす機会がなくいましたが、今回は念願かなって『嵐が丘』の世界を堪能することが出来ました。

町の観光案内所で手に入れたWalking Mapを手に、荒野を目指して出発。
道中、こんなきれいな景色があったり、

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谷間の貯水池

生まれたばかりの子羊にもたくさん出会いました!

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とにかく…かわいい♪

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谷の奥へ行くにつれて道はところどころ険しくなり、ハイキングとしてはなかなかの面白さ。犬を連れて歩く女の子たち

町から近い2キロほどのウォーキング・コースは以前にも歩いたことがあり、その時は8月だったため、ヒースの花が全開!
今回は残念ながら花はなく、まだ春浅い様子でしたが、それはそれで荒涼感があり、また別の味わいがありました。

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2008年8月撮影。ピンクに染まる荒野にて

町から小一時間ほど歩き谷間を抜けると、ブロンテの滝(Bronte Waterfalls)、ブロンテの橋(Bronte Bridge)などと称される場所が。

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ブロンテの橋。滝はこのすぐ脇に見えるのですが、しばらくお天気続きだったため、この日は水がほとんどありませんでした

そして何よりも感激したのが、ブロンテの椅子(Bronte Chair)。
姉妹(特に『嵐が丘』の作者のエミリー・ブロンテ)が荒野を歩く途中でここに座り、小説の構想を練った…と伝えられてる石です。

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氷河の堆積物と思われる巨石がたくさん転がっている中、この石は本当に椅子型!看板を立てて「ブロンテの椅子です」とアピールするわけでもなく、知らなかったら全く見逃してしまいそうなくらい、そのまま自然にそこにあるのです。ここでエミリーやシャーロットがインスピレーションを得たかと思うと…感激でした♪

ここから丘の上までは、あともう一息。
上り坂で道は険しくなりますが、荒野の様子はますますそれらしくなっていくので、わくわくしてきました。

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荒野の風を楽しみながら歩くキヨミさん

ついに到達した憧れの嵐が丘には、トップウィゼンズ(Top Withens)と呼ばれるファームハウスの廃墟がたっています。
小説の中の屋敷とは直接の関係はないようですが、このロケーションは『嵐が丘』の世界そのものであり、登場人物のキャサリンやヒースクリフを思わずにはいられません。

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かつては立派なファームハウスだったことでしょう

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ブロンテ協会により設置された碑には、「『嵐が丘』にゆかりのファームハウス。エミリー・ブロンテが小説に描いたアーンショー屋敷とは類似していないものの、荒野の舞台はおそらくこの丘であろう」といった趣旨のことが書かれていました

風もあまりなく、暑くも寒くもない、絶好のハイキング日和。
丘の上の廃墟を前に、大満足で一休みしているキヨミさんと私です。

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本当に楽しいハイキングでした♪

この10キロの嵐が丘ハイクは、ループ状に歩けるので、同じ道は通らないんですね。
Walking Mapに書かれていたとおり、約3時間半で歩ききった私たち。
今度小説を読み直したら、この荒野の光景をありありと目に浮かべることが出来そうです。

その他に訪れたブロンテ姉妹ゆかりの地についても、折りをみてまたご紹介したいと思います。

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シティーウェストのタイタニック展

ダブリンのシティーウェスト・ホテルで、昨年12月から行われているタイタニック展(Titanic The Artefact Exhibition, Citywest Hotel, Saggart, Dublin)。
なかなか行くチャンスがなくていましたが、来月には終了してしまうというので友人と一緒に見に行って来ました。

北アイルランドのベルファースト(Belfast, Northern Ireland)で造船され、アイルランド南部のクイーンズタウン(現コーヴ Cohb, Co. Cork)を最後の寄港地として大西洋航海に出たタイタニック号。
1912年4月14日、目的地ニューヨークまであと2日…というところで氷山に接触して難破。乗員乗客の約3分の一の命を失う大惨事となったことは、その後の映画等でもご存知かと思います。

造船地、最後の寄港地とタイタニック号ゆかりの地を2箇所持つアイルランド。
ベルファーストでは、タイタニック号をしのぶリバー・クルーズ、コーヴではウォーキング・ツアーなどが常時行われています。

今回ダブリンで期間限定で開かれているこのタイタニック展は、タイタニック号の造船から難破までを詳しく、わかりやすく説明したもの。
ダブリン以外に、カナダ、オーストラリア、USAの各都市でも順次開催されているようです。
実際の難破船から引き上げられた遺品の展示もあり、犠牲者の個人的な品や、船内で使用された食器類、難破船の一部なども展示に含まれています。
非常に興味深いのですが、個人的は遺品はともかく、船内で使用されたお皿やカップのショーケースの前では、私は重苦しい気を感じてしまって、そばに寄ることが出来ませんでした。

タイタニック号は今でも沈没したと同じ場所に沈んでおり、1980年代の発見以来、何度かにわたり海底での調査&遺品の引き上げが行われています。
海底3600メートルもの深さに眠るタイタニック号。ダイバーが到達するのに、片道2.5時間もかかるそう。
窓ガラスやシャンデリアなどは未だに残っているそうですが、鉄やメタル類を食べるバクテリアにより船の本体は徐々に侵食され、海の藻屑と化すのも時間の問題だとか。
あんなに大きな鉄のかたまりも、時が経てば海の一部になってしまう…というのは、なんだか信じられないような気がします。

ユニークなのは、入場の際に渡されるボーディング・パス。
このパスの裏には実際のタイタニック号の乗客の名前やインフォメーションが書かれており、その人になったつもりでさあ乗船しましょう!という趣向。
私は一等客船に乗るMiss Marie Grice Young、36歳。ルーズベルト大統領の娘さんを教えたこともあるという音楽の先生で、フランスからニューヨークへ帰るためにシェルブールから友人と共に乗船したそうです。
展示のいちばん最後には生存者と犠牲者のリストが張り出されており、自分は果たして生き残ることが出来たのか…チェックできる仕組みになっています!
(私は無事に生きていました…良かった)

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これがそのボーディング・パスと、スミス船長と一緒の記念写真!

ベルファーストやコーヴでのガイディングの際にはタイタニック号の知識が必須なので、私にとっては興味深い展示でした。
…が、入場料が18ユーロもするので(記念写真は別料金!)、本当に興味のある方でないとちょっと高すぎる…かもしれませんね。

※2010年6月19日まで。

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小鳥のプラットフォーム

アイルランド人はよく、庭の鳥用のプラットフォームを設置して野鳥観察をしています。

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田舎の友人宅にて。ネットには鳥用ナッツ、台の上には食事の残りを置いてあげたりして、鳥の遊び場の出来上がり♪

いろいろな小鳥が遊びに来ますが、よくやって来るのはこの子。

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グリーンフィンチ(Greenfinch)というこちらではよく見かける小鳥。スズメくらいの大きさで、ヒワとかアトリの類らしいです

田舎にいると時間がたっぷりある気がして、のんびり鳥を見て過ごしていますが、ダブリンの自宅では、カモメがベッドルームの天窓のをツンツン突いたり、飛び跳ねたりする音で毎朝起こされています…!

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ジェリー・ライアンと、我が友・マルガレータ

今日はアイルランドの国民的TV&ラジオキャスターである、ジェリー・ライアン(Gerry Ryan)のお葬式でした。

RTE(アイルランド放送協会)ラジオの「ジェリー・ライアン・ショー」のパーソナリティーとして、22年間にわたりその声をお茶の間に届けて続けていたジェリー・ライアン。
前日までいつもと変わらずラジオに出ていたのに、先週金曜日に突然亡くなってしまいました。享年53歳。
彼の声とともに育ち、毎日彼の声を聞いて暮らしていたアイルランド人にとっては、親しい友をある日突然失ってしまったかのようなショッキングな出来事。
葬儀にはアイルランド大統領をはじめ、各界からの著名人が多くつめかけ、ラジオで葬儀の様子を聞いていたアイルランド人の多くが、まるで身内ごとのようにおいおい泣いていました。

そのジェリー・ライアンの葬儀は私の家からほど遠くないところで行われており、人々がつめかけて人の波のようになっている教会の前を通り越して、私は別の教会へ。
私にとっては、今日は友人であり、ガイド仲間であるマルガレータ(Margarethe)のお葬式の日でした。

公認ガイドになるためのコースで、クラスメートだったマルガレータ。
コース終了後も皆で一緒に旅行へ行ったり仲良くしていました。この3月には彼女が冬の間働いていたランサローテへ遊びに行き、楽しい時間を一緒に過ごしたばかり。
同じくガイド・コース時代からの友人パトリツィアと3人、3人とも牡羊座で、3人とも共通の悩みを抱えていて、偶然にも牡羊座の月にランサローテの太陽の元で、数日間を一緒に過ごしたばかりだったのです。
あとで知ったのですが、マルガレータは私たちと別れた1週間後にランサローテで倒れて、そのまま亡くなってしまいました。

お葬式はノルウェーのご実家の方で行われるため、私たちはノルウェーでのお葬式が始まるのと同じ時間にダブリンで集まり、マルガレータのためにミサに参列しました。
ガイド・コース時代からの仲間が7人集い、ミサのあとランチをしてマルガレータとの思い出を語り合いました。

彼女の死の知らせを聞いたのは数週間前になりますが、ランサローテの太陽の下で思い切りおしゃべりして、笑い合っていた友人がもうこの世にいないとは、すぐには信じられませんでした。
過去数年に渡り入退院を繰り返したマルガレータですが、ランサローテで会った時は日に焼けて健康そうで、スカンジナビア人らしい真っ青な目がこれまでになくキラキラと輝いていました。

英国のガイド資格も所持していたマルガレータですが、いつもアイルランドで仕事をする方が好きで、この夏もアイルランドに戻ってくるのを楽しみにしていました。
ジェリー・ライアンと同じ日に見送られるなんて、アイルランド好きのマルガレータらしい。きっと天国で彼に会って、おしゃべりしているに違いありません。

今日のダブリンは、涙する人がいっぱい。
しばらくはガイド・バッジを胸につけるたびに、マルガレータのことを思い出すと思います。
彼女も私と一緒に来て、横でガイディングしてくれているかもしれません。

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ブルーベルの季節となりました

今年もブルーベル(Bluebell)の咲く季節となりました。
昨年あまりにもきれいだったので、今年もロックキイ森林公園(Lough Key Forest and Activity Park, Rockingham, Boyle, Co.Roscommon)へブルーベルのじゅうたんを見に行きました。

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ブルーベルの咲く場所には妖精が住む…とも言われています♪

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森の下生えが一面ブルーベル…!

今年は冬が長く寒かったせいで、例年より花の開花が遅く数も少なめ。
びっしり青いじゅうたん…というほどではなかったのですが、新緑の美しさも手伝って、幻想的な森の雰囲気を味わうことが出来ました。

カメラに妖精が映っていないのが、不思議なくらいです♪

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まるで緑の風が吹き抜けるかのよう…

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アイリッシュ・サーフのメッカ、イースキーへ

サーフィンをしにアイルランドの西海岸へ。
アイルランド・サーフィンのメッカともいえる場所、イースキー(Easkey, Co. Sligo)へ初めて行きました。

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12世紀のO'Dowd Castleが印象的なイースキー海岸

イースキーという土地の名は、アイルランド語で「サカナ」の意味。
アイルランドの女子サーフィンのナショナル・チャンピオンのひとりはイースキー・ブリトン(Easkey Britton)という名ですが、サーフィン好きのご両親がこの地にちなんでつけたのだそうです。

そのイースキー・ブリトンも登場する、私がサーフィンを始めるきっかけとなったドキュメンタリー映画『Waveriders』では、キャッスルをバックにした美しいサーフ・シーンの数々がここイースキーで撮影されています。
中でもっとも印象的なのが、世界チャンピオンのケリー・スレーター(Kelly Slater)のサーフ・シーン。映画の中でも最も印象的なシーンのひとつで、まさにマジカル…としか言いようのない美しさなのです。

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海辺へ続く道。アイルランドにサーフィンが紹介され始めた60~70年代頃は、この辺りにヒッピーなサーファーたちがたくさんやって来て、キャラバンで寝泊りしていたそうです

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村のメイン・ストリートにある像

残念ながら、初心者の私にはイースキーでのサーフは難しすぎるため(岩の海岸なので大きな波が来るのですが、初心者には危険)、近くのエニスクローン(Enniscrone, Co. Mayo)へ。
エニスクローンは初心者でもサーフすることの出来る砂のビーチ。サーフ・スクールもあり、ボードやスーツも借りることが出来る、どのレベルのサーファーにもポピュラーな場所です。

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今日の波はすごく早くてキャッチするのが大変でした

先日初めてボードに立てるようになってからというもの、ますます楽しくなってきたサーフィン。
まだまだボードから落ちてばかりですが、大きな海と一体になっていくようなワイルドな感触がなんとも言えず、すっかり病みつき状態…!
仕事が忙しくなる前に、今月もう一回来れるかな~?

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5月の海も、スーツを着れば全く寒くありません!

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「ボクも波をキャッチしたい~」とばかりに海に向かって走る赤ちゃん♪

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