ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

天皇陛下が宿泊したファームリー・ハウス

雨模様のお天気でしたが、友人とファームリー・ハウス(Farmleigh)へ出かけ、楽しく過ごしました。

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ファームリー・ハウスとは、ダブリン市内&近郊に数多く残る、ギネス家所有の屋敷だったもののひとつ。ダブリン市内のフェニックス・パーク(町中の公園としてはヨーロッパ一敷地面積が広い)内にあります。
もとは18世紀のこじんまりしたジョージ王朝風の邸宅だったものを、19世紀後半、ギネス・ビールの創始者アーサー・ギネスの曾孫エドワード・セシル・ギネス(Edward Cecil Guinness, 1847-1927)が購入、当時の著名な建築家により増改築したというものです。

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ギネス家の時計塔

1999年以降、アイルランド政府の所有物となったファームリー・ハウス。現在は国が主催するイベントや会議、迎賓館に使用される他、季節と曜日限定で建物の一部を一般公開しています。(入場無料)
私たちが着くと、ちょうどガイド付きツアーが始まるところでしたので、クリスマスの飾り付けが終わったばかりの大変美しい部屋の数々を見学させてもらいました。(残念ながら内部は写真撮影禁止)

印象深かったのは、『ガリバー旅行記』や『ユリシーズ』の初版本など4万冊の貴重な蔵書のある図書室、ウェストミンスター寺院に寄贈されたもののきっかり6分の一のサイズに作られたウォーターフォード社のシャンデリア、アイルランド国章入り・日本のノリタケ製(かつてArklow, Co.Wexfordに工場があった)のディナー・セットなど。

見学ツアーでは見ることは出来ませんが、ファームリー・ハウスには全部で14の客用寝室があります。
2005年にダブリンを訪れた日本の天皇・皇后両陛下も、お泊りはここでした。陛下のご希望により、朝食は連日、コンサバトリー(温室)でお召し上がりになられたそうです。

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コンサバトリー外観。バナナの木、ブーゲンビリアなどが美しく咲いていました

ガーデンは真冬でもそれなりに手入れがされており、あと2週間もすると、スノードロップやシクラメンなど、冬の花々のレイアウトが始まるそうです。

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赤い実をつけたヒイラギがあちらこちらに…

かつてのボートハウスを改装したカフェ、2005年にオープンしたばかりのギャラリーも併設(ちょうど今、ベルファースト出身のアーティストによる、俳句とそこからインスピレーションを得た絵画展が行われていました)。
周辺の森では、リスやキジにも出会いました。

歴史&自然と同時に楽しめる、ダブリンのオアシスとしてお勧めです。

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森を抜けたらそこにはロバの大群が…!おそらく、クリスマスの活劇用…!?

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Castleknock,Dublin 15.
Tel: +353 1 8155900 (opening hours only)
Tel: +353 1 8155981 (all other enquiries)

※ハウス&ガーデンの一般公開: 3月上旬~12月 木・金・土・日・祝日の月曜日のみ 10:00-18:00(最終入場16:45、ハウスは17:00クローズ) 入場無料
夏場の見学者が多い時期はガイド付きツアーなし、時間内に自由見学。国の行事などにより、見学不可になることもあるので、事前に要チェック。

※公共の交通機関で行く場合: 37番のダブリン・バス(Hawkins Street発)に乗り、「Castleknock Gate」で下車。そこから徒歩15~20分。

※12月1日からクリスマスまでの間、毎週末にクリスマス・マーケットやコンサートなどイベントがたくさん行われています。詳しくはこちら

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リフィー川に「渡し舟」登場!

先月より、ダブリンのドックランドに、リフィー川の北と南を結ぶ「渡し舟」が登場しています。

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12人乗りの黄色い可愛らしいボートは、その名も、リフィー・フェリー(Liffey Ferry)
ドックランドのSpencer Dock(北岸)とSir John Rogerson’s Quay(南岸)の間を、平日の朝7時から夜7時まで、行ったり来たりしています。

オフィスビルや近代的なアパートが立ち並ぶダブリン・ドックランド。
特に北岸のIFSC(銀行のオフィスなどが立ち並ぶ金融街)には、一日に2万人のビジネスマンたちが人々が通勤していきます。
2年後にはここに歩行者専用の橋が架かる予定ですが、それまで、この「渡し舟」が橋の代わりを務めるというわけです。

数日前、ちょうどIFSCから南岸へ行く用事があり、初めて私も乗ってみました。
朝・夕の通勤時間帯には、スーツを着たビジネスマンたちでいっぱいのこのボートですが、昼間の時間は利用者も少なく、乗客は私と他にもうひとりだけ。
それでも、他の人が来るまで待つこともなく、すぐに出してくれました。

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ビニールシートがかかっているので、雨が降っても大丈夫!

ほんの20秒ほどで、対岸に到着。景色を楽しむ間もなく、本当にあっという間…。

このボートを利用しないで橋のあるところまで歩くと、プラス15分くらい余計に時間がかかるので、確かに便利。
今、IFSCにLuas(路面電車)を伸ばす工事をしているので、それが完成したら、渡し舟と路面電車を使ってシティーセンターへ通勤…なんて人も出てくることでしょう。

その昔、リフィー川に今ほど多くの橋がなかった時代は、「渡し舟」が川の北と南をつなぐ主要な交通手段でした。歴史的には、リフィー・フェリーは15世紀にさかのぼります。
つい20年ほど前までは、ダブリン港周辺で働く人々の足として、市が運営するフェリー・サービスがあったとのことですから、ダブリン市民にとっては、特に目新しいことではないのでしょう。(1986年に運行中止)

路面電車(2004年に約50年ぶりに復活)にしても、この「渡し舟」にしても、古いシステムを再び再現してしまうダブリンって、なんだか面白い…。
それにしても、黒っぽいスーツを着こんだビジネスマンたちが、小さなカラフルなボートに揺られて通勤する姿は、なんだか微笑ましい感じがしますね。

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南岸のGrand Canal Square。少し前までは一大工事現場だったのが、今はすっかり街らしくなりました

Liffey Ferry
月~土 7:00~19:00
片道€2、往復€3、10回券€10
Tel 01 4734342
※天候によって運休することもあり。


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ダブリン市内に貸しルームあります!

私の友人が、短期でお部屋を借りてくださる方を探しています。

・期間…2007年12月~2008年1月の2ヶ月間(週単位でもOK)
・ダブリン市内、2ベッドルームの家具付きアパート(海が見晴らせます!)
・ダブル・ルーム(個室)、リビング、キッチン(共同)、バス&トイレは個別
・シングル、またはカップルの在住者・旅行者向き
・徒歩圏内にスーパー、パブ、デリ、カフェなどあって便利
・バス、DARTでシティーセンターまで30分以内
・シェア・メイトは日本人女性
・ノン・スモーキング
・家賃…要交渉

海の見える、大変、環境の良い地域です。
クリスマス期間にアコモデーションをお探しの方にも、おすすめ。

ご興味のある方がいらしたら、コメント欄からご連絡下さい。(「管理者にだけ表示を許可する 」に印をつけると、ご連絡先などが表に表示されません)
折り返し、こちらからご連絡させていただきますね。

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増え続ける灰色リスの運命

植物園を散歩中、やっととらえた、リスの後姿!

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木の実を加えて走るリス。立ち止まったところをパシャッ!(National Botanic Gardensにて)

秋の野にぴったりの可愛らしいリスちゃんですが、実はこの子は「よそ者」として、アイルランドでは嫌われ者の灰色リス(grey squirrel)なのです…。

灰色リスは北アメリカ原産の種で、19世紀にアイルランド島に入ってきて大量発生。その勢いに押されて、アイルランド原産の赤リス(red squirrel)の数が急激に減少していることが問題となっています。
この問題は、お隣りのブリテン島でもしばしばニュースになっており、以前に英国の有名シェフが「じゃあ、灰色リスを食べちゃおう~」なんて言ってたこともありました。

現在、アイルランドで灰色リスがいない地域は、シャノン以西の10カウンティーのみ。どうやら灰色リスは、まだシャノン川を渡っていないようです。
ところが、ひと秋に1.9キロずつ活動範囲を広げているとかで、このままでは現存する4万匹の赤リスが危ない(赤リスは、ひと秋ごとに1パーセントずつ減少)、避妊薬を飲ませてその繁殖を防ごうではないか、なんて案まで飛び出しています。
<※詳しくは、The Irish Times・2007年11月19日付け>

これに対して、私と友人は「カトリックのアイルランドらしからぬ…!」なんてジョークを言ってウケていたのですが、今日、ぴょんぴょんと無邪気に跳ね回る灰色リスを目の当たりにしたら、いくらよそ者とはいえ、やっぱり可愛いんですよね。
避妊薬の他にもいくつの案が検討されているのですが、食べちゃう、とかそういったものはなかったので、ほっとしました。

リスは一つの例であって、このような「オリジナルとよそ者の共存」は、今のアイルランドの大きな課題のひとつ。どちらのリスにとっても良い方法に落ち着きますように。

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マンハッタンの「小さなアイルランド」

少し時間が経ってしまいましたが、先日訪れたニューヨークのアイルランド関連の地について、もう一箇所だけご紹介させてください。

ウォール・ストリートやグランド・ゼロからそう遠くない、マンハッタンのビルの谷間に、なんと、小さな「アイルランド」があるんです。

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周囲の景色とは全くミスマッチに、唐突に現れるアイルランドの緑の大地&廃墟となったコテージ(民家)。土も、植物も、石も、コテージも、すべてアイルランドから移築された、ホンモノです。

これは、Irish Hunger Memorial(アイルランド飢饉記念)といって、1842~49年にアイルランドを襲ったジャガイモ大飢饉、それに続く移民の歴史を忘れないように…との目的で、2002年、ニューヨーク州・市によって設置されたものです。
コテージは1820年代に建てられたもので、アイルランド西部カウンティー・メイヨー(Co.Mayo)のAttymass村から運ばれたもの。メイヨーは、ジャガイモ大飢饉の際に国内でも最も大きな被害を出した地域のひとつ。今でも、飢饉の時に打ち捨てられたコテージの廃墟が、時々残されています。

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こんなトンネルのような通路を抜けて、「アイルランド」へ入ります

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アイルランド製ストーン・ウォールから見晴らす、ハドソン川と対岸のニュージャージー

敷地内には、60種類以上のアイルランドの雑草や花が植えられているとのこと。

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シャムロックもちゃんとありました

そして、32カウンティーのそれぞれから運ばれた、その地域を象徴する石が点在しています。

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例えばこれは、カウンティー・クレアの石灰岩。きっとバレンの石でしょう

こちらは巡礼のステーション・ストーン。なんだか雰囲気たっぷりで、周囲にそびえるビルさえ見なければ、ニューヨークであることをすっかり忘れそうです。

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この小さなアイルランドは、きっかり0.5エーカー(資料によって、1.25エーカーと記されているものもあって、どちらが正しいかまだ調べられずにいます)。
これにも意味があって、この大きさが、19世紀のアイルランド人が所有出来る、最大の土地サイズだったそう。これ以上所有すると、本来与えられるべき生活保護や、移民のための援助金がもらえないことになっていたので、多くのアイルランド人は、土地所有をあきらめざるを得なかったのです。

2003年にニューヨークに来た時は、この場所を探すのにずい分と苦労しました。
今回は、ホテルなどで無料で配布されているシティー・マップにもちゃんとマークされていのたで、このマンハッタンの「小さなアイルランド」の存在を知る人も増えてきたのかもしれませんね。

Irish Hunger Memorial
Vesey Street と North End Avenue の角
入場無料

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アイスクリーム・マンのブログ

私のお気に入りのブログに、ディングルに(Dingle, Co.Kerry)住むアイスクリーム屋さんのブログがあります。

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キーラン・マーフィー(Kieran Murphy)さんのブログ・Ice Cream Ireland。(写真は11/20のブログよりお借りしました)

自らを 'Ice Cream Man' と呼ぶキーラン・マーフィーさんは、ディングルとキラーニーに店舗を構えるMurphys Ice Creamのオーナー。
2000年より兄弟でビジネスを始め、昨年あたりからそのサクセス・ストーリーがしばしばメディアで取り上げられ、話題に。The Irish Timesにオリジナル・アイスクリームのレシピを紹介するなど、アイルランドのアイスクリーム・スペシャリストとして活躍中の方です。

1~2日ごとに更新されるブログは、オリジナル・レシピ、新アイスクリームの紹介、材料のお話、フード関係のイベント情報…などなど、本当にアイスクリームだらけ!素敵な写真と共に彼のアイスクリームへの情熱が伝わってきて、見ているとこちらまでハッピーに。
アイスクリーム情報の合間にアップされる南西部ケリーの四季折々の風景、旅行先からのショット、ゲーリック・フットボール(ケリーはフットボールに熱い!)の試合の様子…などもさわやかでいい感じ。
2007年アイルランド・ビジネス&スペシャリスト・ブログ大賞も受賞しています。

ちなみに、ここのアイスクリームには、地元カウンティー・ケリー原産のケリー・カウ(Kerry Cow)のミルクが使われています。
ケリー・カウは、現在、国内に数百頭しかいなくなってしまったため、保護の対象になっている貴重な乳牛。このウシから本当に白いミルクが出るの?出てくるのはギネスじゃないの?…と疑いたくなるくらい、全身、見事に真っ黒なウシです。
(こちらのHPに写真がたくさん載っています→The Kerry Cattle Society

ブログのファンでありながら、肝心の彼のアイスクリームの方は、実はまだ一度も食べたことのない私。
ツアーでディングルやキラーニーへ行った時にぜひ…と思うのですが、いつも時間がなかったりで、いまだチャンスがありません。

Murphys Ice Creamは、ダブリンでも、レストラン併設のマーケットFallon & Byrne(11-17 Exchequer St, Dublin2)や、Donnybrook Fair(Donnybrook, Dublin4)などで販売されています。(写真の青い容器入り)
持ち帰る間に溶けてしまいやしないかと心配でなかなか買えないでいるのですが、そろそろ寒くなってきたので、大丈夫かもしれません。
冬のアイスクリームって、意外においしいんですよね!

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お客様からの手紙

雨模様の薄暗い日が2~3日続いた上、気がかりなことがあってかなり暗~い気分に…。

そんなところへ、まるで私が落ち込んでいることを知っていたかのようなタイミングで、母からの嬉しい電話。
以前にご案内したお客様から、お手紙と旅の様子を記録したビデオ・テープが送られてきたそうです。
母が電話口で読み上げてくれたその手紙には、アイルランドへの旅が本当に思い出深いものとなったこと、歴史や文化など私のガイディングを楽しんでくださったことなどが綴られていて、嬉しくて思わず涙が出ました。

これまでも多くのお客様が同様のお手紙を下さいました。
ご一緒した旅から何年経っても覚えていて下さってお便り下さる方、また今回の方のように、「お母様は遠くにいてお寂しいでしょう」との気配りから、実家にお手紙や写真をお送り下さる方も…。
そんなお客様からのお手紙をいただくことで、この仕事をしていて本当に良かった、私がしたことはあれで良かったんだ、と確信できてきたように思います。

落ち込むと時々、一人、孤軍奮闘しているような気分になってしまう私。
多くのお客様、そして日本にいる家族が励ましてくれていることを忘れていました。
今シーズンもそろそろ終了ですが、お世話になった皆さんや遠路はるばるアイルランドを訪ねて下さったお客様に感謝しつつ、来シーズンに向けてまた明るい気分を取り戻していこうと思ったのでした。


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キルフェノラのヴォハンズ・パブにて

キルフェノラ(Kilfenora, Co. Clare)は、アイルランド伝統音楽の里として知られる小さな村。
先日、バレンからモハーの断崖へ行く途中、この村のトラディッシナルなパブにてお客様とランチをご一緒しました。

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ヴォハンズ(Vaughans)

夏の間は、ポピュラーなランチ・ストップとしていつも観光客でにぎわっているヴォハンズ。
その日はカウンターに地元の人が数人いるだけ、暖炉がパチパチいう音まで聞こえるくらいに静かなランチ・タイムでした。

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ローレルの香りの効いたギネス・シチューのおいしかったこと…!

ご一緒したお客様は、自らも伝統楽器の演奏をなさる音楽好きな方々だったので、演奏が行われている時にお連れ出来たらよかったのですが…。
それでも、パブの雰囲気を気に入ってくださり、カジュアルなパブ・ランチをおいしいと召し上がって下さったので良かったです。

ところで、このヴォハンズは、私にとって思い出深いパブのひとつ。

数年前、私の大学時代のサークルの先輩セーラさんが偶然にもアイルランドに住んでいることが分かり、エニス(Ennis, Co. Clare)で再会したことがあります。
水泳サークルだったもので当時は全く知らなかったのですが、彼女はなんとフィドルの達人。このパブでフィドルの先生をしていたのです。
ちょうどその頃、日本から共通の友人が遊びに来て、ヴォハンズで大集合したことがあります。アイリッシュの友人もバンジョー片手にやって来たりして、ローカルのミュージシャンと一緒になってエンドレスのセッション…。それはそれは楽しい夜でした。

その翌年、Katieという女の子と知り合いになりました。
彼女もツアー・ガイドで、その夏は行く先々でよく一緒になったので、連絡を取り合って飲みに行くこともしばしば。何度か会った後、なんと彼女の実家はヴォハンズ・パブであり、セーラさんのこともよく知っているというので、本当に驚きました。

考えてみると、ヴォハンズに来るのも久しぶり、Katieともセーラさんともしばらく会っていません。
パブの店主であるKatieのお父さんに尋ねてみると、2人とも元気とのこと。Katieは今はガイド業を休止して、カレッジに行っているそうです。
「ナオコが来てくれたって言っておくからね」とお父さん。でも多分、言うのを忘れちゃうかもね(笑)。

アイルランドは小さな国なので、日常的に密に連絡し合わなくても、消息が途絶えるということがあまりありません。人々は人伝いにどこかでつながっていて、しばらく会わないでもいても、またどこかでばったり会えるでしょう、といった感じ。
別れや再会、人との縁も、そのまま自然に任せているのかもしれませんね。

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ミニ・ハープの置かれた窓辺

Vaughan's Pub
Main Street, Kilfenora, Co. Clare.
Tel: +353 (0)65 708 8004

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11月のアイルランド西海岸は…

ゴールウェイ~バレン~モハーの断崖~シャノンというルートで1日お客様をご案内。

11月のアイルランド西海岸は、さすがに人影もまばらで静か。
1~2ヶ月前まで大賑わいだった観光地も、夏の疲れをのんびり癒やしているみたいにひっそりとしています。(ガイドもそろそろオフでのんびり~)

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風が強いので斜めになってしまった木

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バレンの岩の間にひっそりと咲く花

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数えるほどしか人がいないモハーの断崖

時折りパラパラと雨が落ちることはあったものの、空気はすがすがしく車を降りると風もやみました。
ご一緒したお客様は、1週間ほどアイルランドにご滞在なさったのですが、ずっとお天気が良かったそうです。イニシュモア島で真っ青な空のもと、サイクリングを楽しまれたそうですが、ちなみにその日、ダブリンはどしゃ降りだったのです!
アイルランドに来たくて来たくて、やっとお仕事のお休みをとっていらっしゃった方々だったので、その想いが通じたのだと思います。

夏の賑わいとは一味違ったアイルランドらしい風景の数々。
静かな「素顔のアイルランド」を体験出来るという点では、この時期に旅するのも趣きがあっていいかもしれませんね。

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月刊ソトコト12月号

只今発売中の「月刊ソトコト」最新号に、ほんのちょっぴりですが記事を書かせていただきました。

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月刊ソトコト12月号(11月5日発売)・HPで目次が見られます

「月刊ソトコト」は、エコ、スローライフ、ロハス…などに的をしぼったおしゃれな環境マガジンだそう。
お恥ずかしながら、実は今回ご縁があるまで、こんな雑誌があるなんて全く知らなかった私。

掲載誌が今日手元に届いたので早速拝見させていただくと、きれいな写真と共にかなり読み応えのある内容です。
今月の「森」特集に合わせて日本の秘境が紹介されていたり、世界各地からの小ネタに加え、吉祥寺ガイド(ロハスタウンだそうです)があったり…と、とても面白くて、すっかりこの雑誌のファンになってしまいました。

私が書かせていただいたのは、「World Ecology Hotline」という世界各国のエコ情報の紹介ページ。
ずばり、〈「何もない」のが観光資源!〉とのタイトルで、アイルランド北西部のエコ・ツーリズムのことを紹介させていただきました。(笑)
300字ほどの短い紹介ですが、よろしかったらご覧くださいませ。

ちなみに、発売中の12月号には、特別付録として短いCDのおまけが付いています。
全くの偶然なのですが、なんとそのCDがアイリッシュ・ミュージックだったのには驚いた!
(TREADというバンドと、Triona Marshallというハープ奏者。12月には日本で彼らのライブがあるとのこと→ケルティック・クリスマス2007

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シンデレラみたいな花嫁さん

今が11月であることをうっかり忘れてしまいそうな、素晴らしいお天気に恵まれたダブリン。
今日は、惚れ惚れするような美しいカップルさんのケルティック・ウェディングでした。

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マラハイド城(Malahide Castle)をバックに記念撮影。モデルさんのようなお美しい花嫁さんに誰もがうっとり~

写真撮影の後、古代ケルトの聖地であったタラの丘にてウェディング・セレモニー。
東西南北4つの方角、そして宇宙の4つのエレメンツ(土・水・空気・火)より祝福を受け、婚姻の誓いが取り交わされました。

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手と手を取り合って一歩一歩丘へ上るお2人

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聖水をまいて新郎・新婦を取り囲む儀式。お2人の「安全」が約束されます

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飛び入りでお式に参列してくれた地元の女の子スィールシェちゃん。花嫁さんを見て「シンデレラみたい~」と大喜び。おじいちゃんに抱っこされて…

タラの丘の土地のパワーと、お2人の幸せムードがブレンドして、それはそれは美しく温かなお式となりました。

いつもいつも心をこめて素晴らしいセレモニーを執り行って下さる司祭のダラ、抜群のセンスで毎回プロの仕事をしてくれるフォトグラファーのクラウディーナ、そして行き交うごとに温かい祝福を下さる地元の皆さんに、あらためて感謝。

お2人の末永いお幸せを心よりお祈り申し上げます!

ケルティック・ウエディングに関するお問い合わせこちら
過去のケルティック・ウェディングのブログアラン諸島(2006年1月)アラン諸島(2006年10月)アラン諸島(2007年8月)タラの丘(2007年4月)ダブリン作家博物館(2007年7月)

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気分はもうクリスマス…

ニューヨークから戻って数日。
ダブリンはここ数日で急に気温が下がり、空気にちょっぴり「冬」が混じるようになってきました。

仕事帰りにリフィー川沿いを歩いて通ったら、もうクリスマス・イルミネーションが始まっていました。

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(カスタムハウスからドックランドに至る川沿いにて)

青と白のロマンチックな並木道。なんだかダブリンではない、どこか他の街に迷い込んだかのよう~。

それにしても、年々早まるダブリンのクリスマス商戦(今年はハロウィーン前からその気配があった)には驚くばかり。
12月になると込み合うからと、職場のクリスマス・パーティーなども前倒し傾向にあるようで、週末のダブリンはすでにパーティー・ムード。
まだ1ヶ月以上もあるのに…!

都市化するにつれて一年のサイクルが早くなり、時間の流れが速くなって、みんな忙しくなっていくのかも…。
美しいイルミネーションを楽しみながらも、なんだかちょっと考えてしまったのでした。


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聖パトリックの聖遺物は五番街にあった!

ニューヨークの五番街、ビルの谷間に負けじとそびえ立つセント・パトリック大聖堂(St. Patirick's Cathedaral)。

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1858~1878年建設。北アメリカ最大のネオ・ゴシック様式のカテドラル

マンハッタンに数ある教会の中でもひときわ大きく美しいこの聖堂は、ニューヨークにおけるアイルランド系住民の底力を物語るようです。
街歩きの途中に訪れてみると、ちょうどミサの始まるところで、多くの人が参拝に訪れていました。

アイルランドの守護聖人パトリックをまつった教会であるからには、何かパトリックに関係する装飾があっていいはず。
例えば、ダブリンの聖パトリック大聖堂は、パトリックが信者を洗礼したという泉が沸いていた場所に建てられており、祭壇上部のステンドグラスにはパトリックの姿があしらわれています。

ここにも何か、パトリックゆかりのものがあるのでは…と思い、教会の運営委員らしき人に尋ねてみたところ、ミサの準備でお忙しいところを大変親切に教えてくださいました。

まずは、主祭壇向かって左側の柱に聖パトリックの像。

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アイルランドの聖パトリックは先の尖った帽子(司教さんの帽子)をかぶって司教杖を持っているので、これがパトリックだとは気がつきませんでした

そしてもうひとつ。なんとこの教会内に、聖パトリックの聖遺物があったのです。

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クリスタルのケルテック・クロスが聖遺物箱(アイルランド製のものかどうかはわかりませんでした)。十字架の真ん中に聖パトリックの聖血が…!(主祭壇の左側の翼の部分にあります)

アイルランドで亡くなったと言われる聖パトリック。彼の聖遺物が一体いつ、どういった経緯でこのニューヨークへやってきたのでしょう。

アイルランド国内にある聖パトリックの聖遺物と言えば、私が知る限り、国立博物館(キルデア・ストリート)にある「聖パトリックの鐘」くらい。(ローマ法王に認定されたものというわけではなく、あくまでも伝説ですが)
本国にもないものが海を越えたアメリカにあるとは…。これもまた、アイリッシュ・アメリカンの底力&宗教心の強さ故でしょうか。

それにしても、ティファニーと同じ五番街に聖遺物が並んでいるなんて、なんだかアメリカっぽくて面白いな~と思ったのでした。

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大司教区となって来年で200周年

※聖パトリックについては、こちらのHPに分かりやすく解説されています。(カトリック豊島教会のHPより)

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エリス島の移民第一号、アニー・ムーア

先述のエリス島の移民局が開局したのは、1982年1月1日。

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船から見たエリス島

この日、オープンしたての移民局を最初に通過し、エリス島経由アメリカへの初の移民として記録されているのが、なんと15歳のアイルランド人の少女でした。

彼女の名はアニー・ムーア(Annie Moore, 1877-1923)。
アイルランド南部のコーヴ(Cobh)港から、幼い弟2人と一緒に蒸気船Nevada号に乗り込んだアニー。その10日後、先に移民していた両親と兄の待つ憧れのアメリカへやっと到着。
Nebada号をいちばん最初に下船したアニーは、エリス島の移民第一号として歓迎されました。移民局長より記念に金貨10ドルをプレゼントされ、びっくりしたそうです。
そして偶然にもその日は、アニーの15歳のお誕生日でもありました!

このアニー・ムーアという女の子は、移民の歴史の象徴としてアイルランドでは広く知られています。
彼女の出発の地コーヴには、アニーと幼い弟2人の銅像が立てられているほど。

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いざアメリカへ~!と希望に燃えるアニー(2007年8月撮影・コーヴにて)

そして、エリス島の移民博物館内にも同じ彫刻家によるアニー・ムーア像がちゃ~んとあるのです。
大西洋を隔てて立つ2つの像は、まるで対になっているかのよう。

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アメリカに無事に到着したアニーは今度はひとり。このポーズがなんともいい感じ

数年前に初めてエリス島に来た時のこと。
移民局1階のフロアーの片隅に立つアニーの像をようやく見つけて(私の想像では移民局の前にあると思っていた!)、「これでやっと、移民前・移民後の2つ像を見られたわ~」と感激。私の「アニー・ムーア参り」がこれで完成~といった気分になったものです。
まるで「善光寺にお参りしたら北向き観音にもお参りしないと片参りになる」とでもいうように、いつの間にやら「コーヴの像を見たからには、エリス島のも見なくっちゃ」という気分になっていたのでしょう(笑)。

今回も以前と同じ場所に彼女を見つけ、なんだかほっと一安心。
どういうわけか、この15歳のアニー・ムーアちゃんのことが私はとっても好きなのです。

以前にアニー・ムーアの簡単な伝記を読んだことがありますが、移民先での暮らしは想像以上に大変だったようです。

学校に行けると思っていたのに、家族を助けるためにすぐに働かなければならなかったアニー。移民局長さんからもらった記念金貨も、ホテルのベルボーイをしていたお兄ちゃんが、お金に困って売ってしまったと書かれていました。
のちに結婚して11人もの子にも恵まれたアニーですが、47歳という若さで病気で亡くなったそうです。

現在、アメリカ合衆国内には、4000万人を超えるアイルランド人移民の子孫が暮らしています。
ケネディ家のように有名になった一族もありますが、その多くが夢見てやってきたアメリカでも思うようにいかず、苦労のし通しでした。
そんな人々が、縁の下の力持ちとして国を支えてきたことを思うと、今日のマンハッタンの灯りもより輝いてみえるのでした。


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エリス島の移民局を訪ねて

ニューヨークの自由の女神のある島のお隣りに、エリス島(Ellis Island)というもうひとつの島があります。
この島にある赤レンガを使ったヨーロッパ風の美しい建物が、かつてアイルランド人を含む世界各国からの移民たちが、アメリカ本土上陸の前に上陸・通過した移民局でした。

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1892年開局。1954年に閉鎖されるまでの62年間に1200万人が通過。現在は博物館となっています

以前にニューヨークに来た時は、時間がなくてチラリとしか見ることができなかったこの博物館。今回は日本語のオーディオガイド付きでじっくりと見学してきました。

このオーディオガイドの説明が、退屈してしまうかと思いきや実に興味深く、ぐんぐん引き込まれてしまい、最終的には2時間近く博物館内で過ごしてしまいました。
当時の移民の喜び・哀しみをすっかり追体験。時代は違えど、アイルランドにおける私の立場も移民のようなもの。メディカル・チェックを含む厳しい検査を受け、ようやくアメリカ本土への上陸を許可された人々の気持ちを、ダブリンのイミグレーション・オフィスでようやくパスポートにスタンプを押してもらった時の自分の気持ちになぞらえて、なんだかじ~んときてしまったりしたのでした。

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船から上陸した移民たちが登録を待ったホール。女性は、男性の同伴者または男性の迎えがないと入国を許可されたなかったので、ここで結婚する人もいたそう…

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ドイツ人、ロシア人、イタリア人…さまざまな国からの移民たち。上段真ん中の女性はアイルランド人

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世界各国からもたらされた品々。ケルティック・クロス(国章のハープと4地域の紋章があしらわれています)とシャムロックのお皿はもちろんアイルランド移民のもの

※エリス島移民博物館
Ellis Island Immigration Museum


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マンハッタンのモデルはリマリック・シティー?

学生時代からの友人が長く住んでいることもあり、過去数回にわたって訪れているニューヨーク。
今回は仕事でフォートワースに出張していた姉とここで合流、数日間の短い滞在ですが、すっかり観光客気分で楽しんでいます~。

移民の歴史により、アイルランドとは深いつながりのあるニューヨーク・シティー。
碁盤の目のように区画されたマンハッタンの街は、リマリック・シティーがモデルとの説も…!
(確かにリマリックの新市街は、碁盤の目のようなつくり)

NYCnight
ニューヨークの夜景(エンパイヤ・ステイト・ビルディングより)

数年前に『ギャング・オブ・ニューヨーク』というレオナルド・ディカプリオ主演の映画がありました。
あの映画で見たように、マンハッタンが出来上がっていく過程にはアイルランド系の移民が大きく関わっていたことを思うと、リマリック・シティーとのつながりもあながち嘘ではない気がします。

やはり仕事柄、ニューヨークのアイルランド関連の場所が気になってしまい、今回もちょこちょこと訪れています。
エリス島の移民局や、五番街の聖パトリック大聖堂、後日アップいたしますね!


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