ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

仲居になったナオコガイド

数日前より、いとこが女将をしている別所温泉の旅館へ年末年始のお手伝いに通っています。
仕事柄、ホテルやレストランには比較的慣れている私ですが、和風旅館となると話は違い、お料理の並べ方から着物の裾さばきまで、新しく覚えることがいっぱい。
サービスを仕事にしている点ではガイド業と同じ。何かプラスになるかしらと思いながらやっているのですが…。

私は親戚が多く(母方だけでいとこが20人!)、さまざまな商売をしている身内がいます。温泉旅館、レストラン、婚礼・輸入家具店、金物店、外交員、国内旅行のバスガイド…など。こうしてあらためて並べ挙げてみると、私も含め「接客を伴う仕事」に従事している率が高いことに今更ながら驚きます。
「家族全員が教員です」とか、「両親もおじ・おばも医者です」というほど分かりやすい話ではないものの、こうまでそろうと、やはり血筋とか、一族の天職といったことを感じずにはいられません。

身内のつながりもさることながら、物事はどこでどうつながっていくか本当に不思議。日本の田舎の温泉旅館で、まさかアイルランドの話をすることになるとは夢にも思いませんでした。
お年越しを旅館で過ごされているごひいきのお客様に、なんとオスカー・ワイルドの研究をされている方がいらっしゃったのです。
何かのお導きでしょうか、そうとは知らずして、私がそのお客様のお食事担当に。当然、お食事の間はアイルランドの話で持ちきり!(笑)

「アイルランド」というキーワードのおかげで、さまざまな新しい出会いのあった2006年。その最後を締めくくる出会いが、温泉旅館の仲居姿で起こるとは…。
どうやら、どこに行っても「アイルランド」がついて来るようです!

※こちらの旅館です。→七草の湯 ぜひ一度、お越し下さいませ!

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旅チャンネルのアイルランド!

以前に私が現地取材のコーディネートをさせていただいたアイルランドの旅番組が、ケーブルTVで明日再放送されます!

ヨーロッパ特選シリーズ~世界で一番住みやすい国 アイルランド編
旅チャンネル(Sky Perfect TV! ch.277)
12月28日(木)20:00~


旅チャンネルの番組案内より
~固い家族の絆、失業率の低さ、治安の良さ、安定した政治といった、住みやすさの好条件が揃ったアイルランド。充実した社会福祉制度や、堕胎を禁じるカトリックゆえの大家族暮らしが魅力的な国です。アイルランドといえばギネスの黒ビール、そしてパブが思い浮かびますよね。どんな小さな村や町にも必ず一軒は存在し、老若男女が集まる地域の要・パブを取材。また12世紀に建てられたセント・パトリック大聖堂から、グラフトンストリートでパフォーマンスをするアーティストたちまで、観光地もご堪能いただけます。~

限られた期間での現地取材だったにも関わらず、素晴らしい番組に仕上げてくださったスタッフの皆さんに感謝!アイルランドの良さ、生の姿をよく伝える、素晴らしい仕上がりです。(初めて見たときは、エンディングで思わず涙してしまった私…)

地元の人々が登場するシーンは本当の生シーン。取材しながらアイデアを出して作っていったもので、私にとっても思い出深い仕事のひとつです。

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協力して下さったWoodhill Houseの皆さんと共に(2005年2月撮影)

あれから2年近く経った今、ゴールウェイのチーズ屋さんでお寿司を売っていたヨシミさんたちは日本食レストランを開かれ成功なさっていますし、ドネゴールのWoodhill Houseは客室を増築しますます盛況、そして原田さんと乗馬をしたJamesは地元で俳優としても活躍中
アーダラ村のパブNancy'sだけは今も変わらず、年の瀬を迎えて地元の人でにぎやかにわいわいやっていることでしょう。

2005年4月に初回放送されたこの番組、その後も月に一度くらいの頻度で繰り返し放送されているようです。
旅チャンネルの番組表の「番組検索」で、放送日を検索することが出来ます。タイトル「やゆよ」「ヨーロッパ特選シリーズ」→決定)

ケーブルTVを見られる環境にある方、ぜひともご覧になってみてください!

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リンドバークが見たアイルランドと、『海からの贈りもの』

アメリカの飛行家・チャールズ・リンドバーク(Charles Augustus Lindberghは、1927年、世界で初めて単独での大西洋無着陸飛行に成功しました。

「翼よ、あれがパリの灯だ!」
の言葉で知られるように、ニューヨークを出発したリンドバークが33時間半かけて到着したのは、花の都パリ。
しかし、リンドバークの操縦するスピリット・オブ・セントルイス号の翼が最初に目にしたヨーロッパは、フランスの大地ではなく、アイルランド南西部ディングル湾付近でした。

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ディングル湾を臨む(スレイ岬近く)・2006年6月撮影

霧の濃い、真っ暗な大西洋を抜け、リンドバークが最初に目にしたのはディングル湾の小さな漁村だったようです。上空からアイルランドが見えた時のことを、リンドバークは以下ように書き残しています。(CharlesLindbergh.comより、稚訳)

― 数マイル先に小さな漁船が現れ、私はついにヨーロッパの海岸線に到達したことを知った。航路をわずか南にそれた地点で、漁船は一艘だけではなく、何艘かの固まりで数マイルずつ離れて点在していた。

最初の船には人影が見られなかったが、次の船の上を旋回していると、キャビンの窓に男の顔が映った。

さらに高度を下げ、速度を緩めながら、陸地にいる人々に叫びかけてみた。こちらが何か尋ねようと叫ぶと、身振りで返してくる。あの漁師に行く先を示してもらうぞ、と意気込んだが、すぐさま、こんなことは無駄だと悟った。漁師はまず英語を話せないだろうし、たとえ話せたとしても、驚きのあまり答えられないだろうから。それでも気を取り直して、スロットルを閉じて再び旋回を始めた。ボートまで数フィートのところへ近づき、こう叫んだ。「アイルランドはどっちですか?」当然、こんなことをしても無駄で、そのまま航路を行くしかなかった。

1時間もたったであろうか、北東にギザギザした、半分山に覆われたような海岸線が現れた。その時私は、水面200フィート以下を飛んでいた。10~15マイルの距離に陸地がくっきりと見えていたが、それより先は、あちらこちらで激しい雨が降っているのか、ぼんやりかすんで見えなかった。

海岸線は北から東へと傾斜していた。そこがアイルランドの南西端であることはほぼ間違いなかったが、 念のため航路を変えて、陸地のいちばん近い地点へと近づいてみた。

私はバレンシア岬(Cape Valencia)とディングル湾(Dingle Bay)を確認すると、コンパスを再びパリへと向けたのだった。―


…とまあ、臨場感あふれる80年前の上空からのレポート!
バレンシア岬とは、リング・オブ・ケリー(Ring of Kerry=ケリー周遊路)沖のバレンシア・アイランド、そしてその北に横たわるのが、ヨーロッパ最西端のディングル半島です。
「ギザギザした、半分山に覆われたような海岸線」というのはスレイ岬の先のスリー・シスターズ辺りを思わせますし、「海岸線は北から東へと傾斜していた」というのも、その通り。ここがヨーロッパ最西端、アメリカからいちばん近いヨーロッパなのです。
パリへ向かうスピリット・オブ・セントルイス号が最初目にしたのは、「翼よ、あれがアイルランドの漁船だ!」であったわけです(笑)。

ディングル半島の西端では、今でも日常的にアイルランド語(ゲール語)が話されています。当時はアイルランド語一色でしたので、リンドバークから上空から英語で話しかけても、土地の人には全く通じなかったのでしょう。
リンドバーク自身も言っているように、たとえ彼らが英語を解したとしても、飛行機など見たこともなければ、その存在も知らぬという時代、目撃してしまった人の驚きは尋常ではなかったと思われます。

確かこの時のディングル半島での目撃談があったはず…と思い調べてみると、手元のメモから、1998年に亡くなったHugh Curranさんの談話記録が出てきました。

少年だったCurranさんは、前出のスリー・シスターズ近くのBallyferriter村に暮らしていました。家の近くを歩いていると、空から聞いたこともないような騒音が…。
今から80年前のディングル半島、飛行機の存在を全く知らなかったCurranさんは、ここで、前日に小学校の先生が話してくれたケルト神話を思い出します。空から「大ワシ」が飛んできて、いたずらな子供をさらってしまう…おそるおそる空を仰ぎ見ると、そこにはなんと「大ワシ」が!とっさにどぶに飛び込み身を隠したCurranさん、「大ワシ」が南の空へと消えていくのを見て一安心したそうです。
その数日後、「空飛ぶ人間」が大西洋を渡ったとのニュースを耳にしたというCurranさん、その驚きや恐怖は、現代の私たちがUFOを見るよりすさまじいものだったのではないでしょうか。

ところで、アイルランドの西海岸は、20世紀初頭の航空の歴史にしばしばその舞台として登場します。

1927年のリンドバークに先駆け、1919年、単独ではなかったけれども世界初の大西洋無着陸飛行に成功したイギリス人のジョン・アルコック(John Alcock)とアーサー・ブラウン(Arthur Brown)。彼らが到着したのは、コネマラの西端のクリフトゥン(Clifden, Co.Galway)でした。
また、1932年、女性として初の大西洋単独無着陸飛行をしたアメリア・イアハート(Amelia Earhart)は、デリー近くの牧草地に不時着しています。

…と、突然リンドバークについて書いたのは、お友達のPearlさんが薦めて下さったアン・モロウ・リンドバーク(Anne Morrow Lindbergh)の『海からの贈りもの』(落合恵子訳・立風書房)を読んだから。著者は、チャールズ・リンドバークの奥さんだった人です。

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50年ほど前のアメリカで書かれたこの書、そこに記された著者の人生哲学は、今もって色あせることのない普遍的なものばかり

……どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか。

こんな一節は、むしろ現在に生きる私たちにこそ必要な気がします。
おそらく著者は、心に自分だけの島を持ち続けることの出来る人だったのでしょう。
地位や名誉といった贈りものはたくさんもらっていたと思われる著者ですが、大切なのは「海(人生)からの贈りもの」であることをよく知っていたのだと思います。

リルケやヴァージニア・ウルフに混じって、アイルランドの国民的詩人W.B.イエーツの言葉も引用されているこの書。
今後、私の愛読書に加えたい一冊です。

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We wish EWE a Merry Christmas!

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楽しいクリスマスをお過ごしください!



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祝!ダブリン・ポートトンネル開通

日本に一時帰国して、早3週間…。
そろそろアイルランドのことも気になり出し、Irish Timesをチェックしてみると、昨日ついにダブリン・ポートトンネルが開通したとのニュースが報じられていました。

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開通式でテープカットするバーティ・アハーン首相(12月21日付けIrish Timesより)

アイルランドの海の玄関口ダブリン港と、空の玄関口ダブリン空港を結ぶ全長4500メートルのダブリン・ポートトンネルが、予定を大幅に遅れた5ヵ年という工事期間を経て、ついに開通したのです!

ダブリンの交通渋滞のすさまじさは、年々ひどくなるばかり。ポートトンネル開通により、港や空港からの積荷を運ぶ大型トラックがダブリン市街地へ入らずに、モーターウェイへと流れていくことが期待されています。

7億2500万ユーロ(約1100億円)という巨額の費用が投じられたポートトンネルの建設。ヨーロッパでは過去最高額の建設プロジェクトであり、工事は日本の建設会社・西松建設さんによって行われました。
その関係で日本からもしばしばお客様がお見えになり、そんな折には西松さんのご案内役を務めさせていただいておりましたので、ポートトンネル開通のニュースは、個人的にもなんだか感慨深いものがあります。

トンネル工事が始まったばかりの頃、着工式に日本からのVIPをお連れするお仕事をいただいたことがありました。
まだまだ近隣住民の反対が根強く、西松さんの現場に到着したティーショック(上写真のアハーン首相)が反対派に囲まれてしまう場面に遭遇してびっくり
また2年半ほど前、当時ロンドンに駐在しておられた社員さんの発案で、西松さんの社員旅行が実現。
ジャイアンツ・コーズウェイへ向かう途中の海岸で、アントリム・フリント(石器時代に用いられた鋭利な石)が地層の中に見える場所をポイントアウトしたところ、さすがトンネル堀りの専門家、皆さん石や地層に並々ならぬご興味を示して下さったのが印象的でした。

トンネルのことに話を戻しますと、現在のところ、トンネルを通ることが出来るのは荷物を運搬する大型トラックのみ。一般車両の通過は、開通後3~4週間してから許可されるそうです。
また、そもそもトラックなどHGV(Heavy Goods Vehicle=重量物運搬車)を市街地からなくすことが目的ですので、大型トラックとバスがトールフリー(通行料無料)なのに対し、それ以外の車両は最高12ユーロ(約800円)の高めの通行料が徴収されるとのこと。(時間帯などによって変動するようです)

さらに来年2月19日からは、運搬許可証のない5軸以上のトラックはダブリン市街地の通行が禁止となります。
リフィー川沿いでロリー(=lorry、トラックのこと。アイルランドではこう言います)が大渋滞している光景も間もなく過去のものとなるわけですが、そう思うとこれまで忌々しく思っていた光景もなつかしいような気がしたりして…。

新聞報道によると、トンネル北出口からモーターウェイまでの距離が短すぎるため、ここで交通マヒが予想されるとか、南入口の安全性の問題などが疑問視されているようですが、何はともあれ、祝開通!
関係者の皆さん、ご苦労さまでした!


着工より数年間、ダブリン空港からの道すがら「ここが全長4500メートルのダブリン・ポートトンネルの工事現場です~」とご案内し続けた私にとっても、とても嬉しいニュースでした。

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ケルト人のコトダマ思想

ヨーロッパ大陸からアイルランド島へやって来た古代ケルト人は、固有の文字を持たない民族でした。
アルファベットの存在は知っていましたので、自分たちの言葉をアルファベット表記しようと思えば出来たのでしょうが、コトダマ(言霊)の存在を信じていたケルト人は、敢えてそうしなかったのです。

現代のアイルランド人はちょっと皮肉屋さんで、ストレートな物言いを好まないところがあるのですが、裏を返すとそれも、コトダマへの畏怖心の表れかもしれません。
口から発せられる言葉には魂が宿っている。人を制する力、物事を実現させる力…良きにつけ、悪きにつけ、大事なことを口にするのは慎重に…というわけです。

実際、コトダマということを意識し始めると、話コトバに慎重にならざるを得ません
人はどうしてもネガティブなことを思うときがあるけど、それを口に出してしまったが最後、実現してしまうかもしれないのですから。

たとえ謙遜のつもりであっても、「私は~できないから」などとは決して口にしないこと。そんなことを言った日には、出来ないことが実現してしまうかもしれないから。
他人を罵倒するような言葉もタブー。「あんな人、いなくなっちゃえ」と言って、本当にいなくなられたらどうします?

どんなにお調子者と思われようが、常にポジティブ発言していた方が、人生、豊かで楽しくなるようです。
実現させたい夢がある場合は、コトダマの力を信じて本気で口にすべし
先ごろ、米大リーグのレッドソックスと契約を結び、「1億ドルの男」となった松坂投手は、なんと小学校の卒業式で「100億円プレーヤーになる」と宣言していたとか。これぞまさに、コトダマ効果ではありませんか。

日本で尊ばれる考え方に「不言実行」というのがありますが、コトダマ思想に乗っ取って考えてみると、どうやら「有言実行」の方が効果的なようです。
人に向ける言葉も、コトバの魂の働きをよく考えて、きれいで優しい言葉を使うよう心がけたいと思うのです。

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アイルランドが「氷の島」になるかも・・・?

日本は暖冬だそうで、とにかく暖かい毎日。
実家のある信州はさすがに寒いだろうと思いきや、そうでもなく、庭のサザンカが花盛り。この時期の信州では、珍しいことです。

地球規模で進む温暖化。
天候に関しては良いイメージを持たれていないアイルランドですら、ここ数年、夏の天候が良く、秋は素晴らしく穏やか、そして冬も暖かい
好景気で明るくなった街の様子も手伝って、『アンジェラの灰』のようなじめじめと暗~いアイルランドは、今や過去のものとなりつつあるようです。

今日何気なくテレビを見ていたら、このままグローバル・ウォーミングが進むと、2040年には北極の氷が解けてなくなってしまう可能性があると言っていました。
樺太北部とほぼ同緯度(北緯51~55度位)に位置するアイルランドが「エメラルド(グレーン)の島」でいられるのは、大西洋岸を流れる暖かなメキシコ湾流のおかげ。
ところが、北極の氷が解けて冷たい水が流れてくると、その暖流がなくなってしまい、アイルランドは緯度通りの氷に閉ざされた島になってしまうのです


温暖化に関してはすでに手遅れだそうで、速度を緩めることしか出来ないと言われます。
人類は進化しているようで、結局、同じところをぐるぐると行ったり来たりしてだけなのかもしれません。

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麦の穂を揺らす風

アイルランドで見逃してしまった映画、『麦の穂を揺らす風(The wind that shakes the barley)』を東京で観ました。

1920~22年、英国支配からの独立を目指してのゲリラ戦線と、それに続く内戦の時代のカウンティー・コーク。銃殺、反逆、拷問など、戦争で起こる目を覆いたくなるような恐ろしく悲惨なシーンが繰り返し映し出され、観終わった後もなんともやるせない気分からなかなか立ち直れませんでした…。

歴史上の出来事として伝え聞いていたアイルランドの動乱の時代の悲劇が目の前にまざまざと映し出され、ほっとする間もなく、また辛く重い場面へ。
アイルランドを舞台にしてはいるものの、伝わってくるメッセージは普遍的なもので、平和な時代に生まれ育った私には想像を絶するような体験や感情を、思い切り疑似体験させられました。

印象的だったのは、英国=悪、アイルランド=善という一元的な描き方ではなく、支配する英国側にも時折、人間らしさが見えたこと
主人公デミアンを殴りつける英国人軍曹は、自分もソンム戦線で仲間を失ったと言い、支配国の人間であってもやはり戦争の犠牲者であることを物語っています。
また、父親がアイルランド人であるという兵卒がデミアンたちを脱獄させてくれるのですが、これこそ敵・味方の区別は国が勝手に決めたものでしかないことを物語っています。(味方であった同士だって最後には殺し合いを始めてしまうのですから)

映画のタイトルと同名のレベル・ソング(rebel song=英国への抵抗を歌う歌)がバックに何度が流れたのですが、私はむしろ、主人公デミアンの兄が拷問を受けている間に同胞たちが歌い続けたアイルランド国家の方が耳に残り、これからはこのシーンを思い出さずにアイルランド国家を聞くことは出来ないかも…。

戦争の悲劇、支配国と被支配国の問題、愛国心、自己への忠誠心などなど、考えさせらることの多い作品でした。

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巨大でおいしいガリバーパン!

「ガリバー号」に続き、観音崎のガリバー・ブームを盛り上げているのが、こちらガリバー・パン

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浦賀の老舗パン屋さんである浜田分店さんが、ガリバーをイメージして作り上げた「巨大パン」です。

写真のものは、gulliver2009さんが私たちにお土産に下さったハーフ・サイズのもの。(ありがとうございました!)これでも十分大きくて、ホールケーキの箱にすっぽり収まるサイズ。大きな箱を手に下げて家路に着き、箱を開けるときの嬉しさって言ったら、なんだか子供時代にタイムスリップしたような気分~。
箱に入っている時から、すでにおいしいにおいがしていたガリバーパン。切り分けていただいてみると、それはパンというよりはケーキに近いお味!

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アイルランドの伝統の味ソーダ・ブレッドを、日本人の口に合うようにアレンジして出来上がったというガリバーパン。
子供の頃に好きだった「甘食」をおいしくしたような素朴なお味は、アイルランドのイメージにぴったりな気がしました。

ちなみに、フル・サイズのガリバーパンははなんと直径30センチだそうです!(写真はこちらをご覧下さい。Web販売あり)

アイデア良し、味良し、今や浦賀名産の品とまで紹介されているガリバーパン。
いただいた翌日にお友達のお宅へ持参し、お茶の時にいただいたのですが、友人Mちゃんがちらりもらした一言はかなり衝撃的。

「ガリバーは日本に来たときは巨人じゃなかったんだよね~」

…えっ、じゃあ、この巨大パンの立場は…!?

疑問に思われた方は、ぜひこの機会に『ガリバー旅行記』を熟読されることをお勧めいたします。大人になってから読む『ガリバー』は、結構はまるらしいです(笑)。

それにしても、浦賀の皆さんの熱意と遊び心には恐れ入ります。
観音崎のガリバー・ロマンはまだまだ始まったばかり。2009年めざして、まだまだ楽しいことが続きそうですね!

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観音崎のガリバー号

観音崎の「ガリバーめぐり」(昨日のブログ参照)に欠かせないのが、こちら海中観光船ガリバー号

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11月の観音崎フェスタにて「ガリバー号」と命名されて以来、2009年ガリバー上陸300年イベントの広告塔として活躍している遊覧船です。

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gulliver2009さんに案内していただき、先日私も乗船してきました。
海中観光船とは、半潜水型で海の中をのぞける仕組みになった遊覧船のこと。

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魚が見えるかな…?

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東京湾の眺めもなかなかのもの。横浜みなとみらい、ベイブリッジ、久里浜火力発電所などが見えました

童心に返っておおはしゃぎの私たちですが、実はこの日、ちょっとしたハプニングが…。
天候の都合で出航スケジュールが変わり、最終出航便を逃してしまったのです。
がっかりする私たちのために、ガリバー号の名付け親でもあるgulliver2009さんが船長さんにお願いして下さり、ご親切にも船着場まで特別に乗せて下さり一件落着。(船着場から浜辺までは、なんと手漕ぎボートに乗せていただきました)

この日出会った方々は、親切な方ばかり。浦賀の人情味あふれる親切な土地柄に、なんだかほのぼのとした一日でした。
そんなところもアイルランドに似ている気がして、観音崎とガリバーのつながりは、お話の中だけではないのかも…と思えてならないのです。

※ガリバー号の出航スケジュールは、こちらでご確認下さいね。(冬場はスケジュール変更が多いので、事前に電話などで要確認)

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ガリバー・ロマンの地、観音崎へ

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観音埼灯台(日本初の西洋式灯台)

アイルランド人作家ジョナサン・スウィフトの小説『ガリバー旅行記』。さまざまな国を旅するガリバーですが、小説に登場する国の中で、実在するのは日本だけだそうです。

小説の中で、主人公ガリバーは1709年5月、「日本の南東部にあるザモスキという小さな港町に上陸」(坂井晴彦訳・福音館書店)したと書かれています。
ザモスキ(Xamoschi)を筆記体で書くと…

  Xamoschi ザモスキ

  Kannosaki カンノサキ → カンノンザキ


…に似ているというので、神奈川県浦賀の観音崎がガリバー上陸地との説が浮上、過去のブログでも何度かお知らせしておりますが、2009年のガリバー上陸300周年に向けて、観音崎周辺が盛り上がりを見せているというわけです!

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観音崎の浜辺。ここにガリバーが上陸…?

私がこの話を聞いたのが今から2年ほど前、観音崎ガリバー関連イベントの立役者であるgulliver2009さんからご連絡をいただいたのがきっかけでした。
その後、gulliver2009さんの口コミでアイルランドに興味を持って下さる方が増え、一人二人とダブリンへ…。皆さんからお話をうかがううちに興味がわいてきて、今度は私が観音崎へ…!
gulliver2009さん直々のご案内により、とても楽しい「観音崎ガリバーめぐり」をさせていただきました。

ガリバー関連の場所以外にも、久里浜のペリー記念碑、観音埼灯台など周辺の名所案内もしていただき、夜はgulliver2009さん行きつけの老舗のうなぎ屋さん・梅本さんへ連れて行っていただきました。
お店のご主人を始め、ガリバー・ロマンに魅せられた皆さんがいつの間にやら集ってしまうこちらのお店は、まるで「アイリッシュ・パブ日本版」のような居心地の良さ~。

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カウンターの隅に置かれた『ガリバー旅行記』。アマチュア無線局「浦賀ガリヴァー・ファミリークラブ」の本境地でもあります

このひそかな「観音崎ガリバー・ブーム」、なんだか夢があって楽しいのです。gulliver2009さんの熱意とお人柄に惹かれ、今やさまざまな人がガリバーの渦に巻き込まれて楽しんでおられるご様子。
この夜も、おいしいお料理をいただきながら、2009年のガリバー上陸300周年にむけて次はこんなことをやりましょう~などと、大いに盛り上がったのでした。
(海中遊覧船「ガリバー号」、ガリバー・パンについては後日アップします)

※gulliver2009さんのガリバー上陸300年HP
※スウィフト関連の過去ブログ:スウィフトと『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフトの記念プレート

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アイルランド製のストーブと10年間変わらないもの?

日本にいても、ついつい「アイルランド」に反応してしまう毎日。

おとといTea Cozyという素敵なティールームで、お友達と4人でお茶をいただいていた時のこと。

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Tea Cozy 三重県津市広明町87-3 Tel:059-226-3016(予約制)

今月のTea Cozyは「アルザスのクリスマス」がテーマだというのに、お隣りのテーブルから「アイルランド製の~」という言葉が聞こえてくるではありませんか。
素敵にデコレーションされた室内の、一体何がアイルランド製?
レース編みのコースターかしら、お菓子の材料かしら~と予想してみたもののわからず、オーナーのユミさんに尋ねてみると、

「この薪ストーブです」

との答えが!

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見れば店内奥には、巨大なクッキング・ストーブが。室内の雰囲気にあまりにも溶け込んでいたので気がつかないでいましたが、店内全体のほかほかと心地いいぬくもりはこれだったのね~と納得。

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左の扉を開けて薪をくべ、その熱が右の扉内のオーブンと上の鉄板コンロを温める仕組み。お湯もわかせるし、シチューも作れて、パンも焼ける。
調理も出来て暖も取れる、実用的かつ風情のある昔ながらのクッキング・ストーブです。

今から10年前にユミさんがこのお店を開いた頃は、日本国内で薪ストーブを扱っているところがほとんどなく、やっと見つけた信州の業者からこのストーブを購入したとのこと。
Tea Cozyのお菓子やお料理はすべてユミさん手作りですが、ストーブの薪割りも半分くらいはご自身でなさるそうです!

「Wood Stanley, Waterford, Made in Ireland」と刻まれたこのストーブは、ウォーターフォードのスタンレー社製

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ウォーターフォードと言えばクリスタルガラスで有名なアイルランド南東部の町ですが、スタンレー社もウォーターフォード社と同じ頃に創業した18世紀からの老舗。現在は、鉄製ストーブからキッチン用品全般を扱う大手メーカーとして知られています。

ちなみにクッキング・ストーブと言えば、英国のアーガ(Aga)社のものが有名。
ホッチキスを「ステープラー」と言ったり、ホワイト修正液を「ティペックス」と言うのと同様、「アーガ」と言えばこの手の機具全般を指します。
私の好きな英国人作家ロザムンド・ピルチャーさんの小説には、アーガでおいしそうなお料理が出来上がる場面がしばしば出てきます。昔風のホンモノの火のあるキッチンがありありと想像されて、読むたびに温かい気持ちになる大好きなシーンです。

アイルランド製のクッキング・ストーブに日本で出会ったというだけでも驚きなのに、私の地元である信州の業者から購入したというユミさんのお話を聞き、このティールームとの不思議な縁を感じたこの日。
さらに驚きだったのは、お友達のMさんが持ってきて見せてくださった10年前の写真。日付は1997年3月、約10年前の私たち4人が、このティールームで映っていました。

その時は他にもたくさんのお友達と一緒だったのに、どうしたわけか、写真に写っているのはおととい集まった4人だけ。Mさんとも、Kさんとも、Eちゃんとも、その時が初対面でした。
まるで10年後に、友情が深まって再会することが運命づけられていたかのような不思議な写真…!
その時もアイルランドのストーブはそこにあり、店内をほかほかと温めてくれていのたでしょう。(私自身がアイルランドと縁のない時代でしたので、気づいていなかったのですが…)

10年間、同じ場所で、変わらぬ姿で私を待っていてくれたアイルランドのストーブに感謝!
皆さんの変わらぬ友情にも感謝!

ところが…10年前と同じ場所、同じ位置で4人で写真を撮りましょう~と並んでみると、当時は小学生だったEちゃんの背が伸びてしまって、どうしても同じ位置にならない(笑)
やっぱり「10年ひと昔」ですね。

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Tea Cozyの素敵なお菓子プレート

日本のレプラコーン…?

東海道・関宿にて、日本のレプラコーン発見!

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なんだか風貌が似ていると思ったら、こちらも金運の神様(おそらく大黒天)のようで~す。



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旅のあともこんなに楽しい!

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三重県のお友達Kさんの素敵なお宅に遊びに来ています。
このところ、2年おきにアイルランドに来てくださっているKさん。アイルランド各地への旅はもちろんのこと、英語レッスン、お料理教室など、毎回新しいことに挑戦しておられます。

そんなKさんは、旅での経験を日常生活に上手に活かすことの出来る本当の旅上手。
スコーンやアイリッシュ・シチューを作ってお友達をお招きしたり、イエーツの詩を読んだり、アイルランド関連の映画やビデオを観たり、アイルランドの庭園を参考にガーデニングに取り組んだり…。
室内のインテリアにも、アイルランドの思い出がいっぱい

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シャムロックとダンス・シューズのクリスマス・オーナメント

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アイルランドで買ったマグたち

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海辺で拾った思い出の石や貝殻

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クリスマス柄のアイリッシュ・リネンは私からのプレゼント(飾ってくださってありがとう!)

冒頭のクリスマス・ツリーの写真の中にも、アイルランド旅行の思い出の品が!(写真を拡大して見て下さい)気づいた方は、相当なアイルランド通です。

旅の経験を日々の生活に見事に活かしてエンジョイしておられるKさん。ご案内させていただいた旅がさらに大きく実を結んでいる様子を拝見させていただき、とても嬉しく思いました。
次回のアイルランド旅行は何をしましょうかね~と、私も一緒に夢をふくらませて、楽しませていただいています!

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クリスマス・クラッカー

昨日は、私が中学生の時から関わらせていただいている趣味の会のクリスマス・パーティーがありました。
夏にアイルランド旅行に来てくれたメンバー数名も含め総勢17名が集まり、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。

アイルランドからのお土産代わりに、人数分のクリスマス・クラッカーを持参、お食事が始まる前に、これを鳴らして「メリー・クリスマス!」。

xmascracker

巨大キャンディーのような形をしたこのクラッカーは、アイルランドやイギリスのクリスマス・パーティーの定番。ディナーの席にひとつずつ置かれ、「メリー・クリスマス!」のかけ声と共に両端を引っ張ります。
パ~ンと音を立てて割れ、中から小さなギフト(クラッカーの値段に応じて違いますが、たいていはプラスチック製の小さなもの)と、ジョークや格言が書かれた紙が飛び出します。

これはビクトリア時代(19世紀)からの風習で、もともとイングランドのお菓子屋さんが砂糖衣をつけたアーモンドをアメ紙に包み、そこにモットーを書いた紙切れを一緒に入れて、クリスマス時期に売っていたそうです。
ある時、暖炉の薪がパチッとはねてアーモンドに火がうつり、パ~ン音を立てて割れたのが始まりとか。
アイルランドやイギリスでは、この時期になると束になって売られている、ポピュラーなクリスマス用品です。

私たちのパーティーでは、両手を交差させて、お隣りの人と一緒に引っ張り合いっこ。
中から出てきたのは、ハートや魚の形をしたキー・チャームや、プラスチックのサイコロ、ビクトリア時代のカメラの形をしたもの、金色の紙の王冠などなど。
季節限定のアイルランドのパーティー・グッズ、お土産にも面白いですね。

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ダブリン空港でばったり!

ダブリンを経つ前、ある人に連絡しなくちゃな~と思いつつ、なんだか気ぜわしくしていて出発の日が来てしまいました。
そうしたらそのご本人と、なんとダブリン空港でばったり遭遇。なるほど、ここで会うことになっていたから連絡を取り合わなかったのね~と、お互い驚きながらも妙に納得。

人の出会いとは本当に不思議なもので、会うべき時に会うべく人とちゃ~んと遭遇するようになっているようです。
縁がある人とは、ちゃんとつながっている。

搭乗時刻までの数十分、空港内のカフェで楽しくおしゃべり~。
しばしダブリンを離れる前の、ちょっと嬉しいエピソードでした。

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