ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

里帰り前夜

4日間ご一緒したお客様をダブリン空港へお見送りし、ちょっと早いですが、本日で今年の仕事は終了です。
明日から年明けまで、日本へ一時帰国します

ここ数週間ほど、日本のお友達のリクエストに応じてちょこちょこと買いためたお土産の数々。

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キャドベリーのミント・チョコ、バトラーズのオーガニック・チョコ、クリスマス・クラッカー、粉末ホット・トディー、きれいな缶入りローズ・ティー、リネンのティー・タオル、バラの香りのサッシェ、アイリッシュ・リネンのティータオルなどなど。
なんだかまるで、年に一度の帰国を果たす出稼ぎ労働者の気分~

ここ数年、年末年始の帰国が恒例になっているため、この時期になると家族や友人が「今年はいつ帰ってくるの~」と電話やメールをくれます。
待っていてくれる人がいるって、本当にありがたい。アイルランドでの生活がどんなに楽しく充実していても、やはり私の「中心」は日本の家族や友人たち。いつも温かく迎えてくれるこの人たちに、どれだけ感謝しても感謝しきれない想いです。

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自然のクリスマス・ツリー

クリスマス・デコレーションがいっぱいの賑やかなダブリンの街を離れて、今日はウィックロウの山の中のグレンダーロック(Glendalough, Co. Wicklowへ。

冬のグレンダーロックは、まさに「静寂」そのもの。
赤い実をたくさんつけたヒイラギの木が、まるで自然のクリスマス・ツリーのように神々しく立っていました。

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しんと冷えた空気の中でこの木の佇まいを眺めていたら、ここは本当に聖地なんだという想いに圧倒されて、なんだか胸が熱くなってきました。

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アルスター・ブレックファーストはここが違う

昨日より、お2人のお客様のプライベートなツアーをご案内させていただいています。今朝は「朝食もご一緒に」とお誘いいただき、ダブリン市内の素敵なホテルでアイリッシュ・ブレックファーストをご一緒にいただきました。

ジュース、シリアル、フルーツ、ヨーグルトなどに続いてサービスされるフル・アイリッシュ・ブレックファーストの定番は、目玉焼き(orスクランブルorポーチド・エッグ)、ベーコン、ソーセージ、焼きトマト、ブラック&ホワイト・プティング(豚の血や雑穀の腸詰)、マッシュルームなど
これを、焼きたての薄っぺらいトーストと、紅茶orコーヒーと一緒にいただきます~。

ふと、先日、北アイルランドで食べたアルスター・ブレックファーストを思い出しました。(アルスター=北アイルランドを含むアイルランド北部7カウンティーの地域名)
基本的には同じブレックファースト・プレートなのですが、北アイルランドに行くとアルスター・ブレックファーストと名前を変え、上記の定番に加えてもう2品、ポテト・ブレッドソーダ・ブレッドが加わります。

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手前の三角→ポテト・ブレッド、奥の三角→ソーダ・ブレッド(ベルファーストのThe Old Rectoryにて)

ポテト・ブレッドはその名もそのまま「じゃがいもパン」。もっちりとした食感で、日本人の私たちにはなかなか好ましい味です。
ソーダ・ブレッドは、イースト菌で発酵させる代わりに重曹(ソーダ)を入れて焼いたパン。オーブンが各家庭に普及していなかった時代に、暖炉で焼いていた昔懐かしい素朴なパンです。

この伝統的な2品は、アイルランドの昔の食生活を語る上で欠かせないもの。それが今では共和国サイドでめったお目見えせず、北アイルランドでしか出てこない。北アイルランドの人にこれを言ったら、「あら、南では出ないの?」とびっくりしていました。
時々こんなふうに、ローカル色豊かな食べ物や習慣が北アイルランドでのみ継承されている場合があり、面白く思います。

いずれにしても、アイルランドのブレックファーストがたっぷりしていることは北も南も同じ!
今朝の朝食は特においしくて、ついつい食べ過ぎてしまった私たち。ランチはいただけずに、昔のアイルランド人のように「一日二食」となってしまったのですが、返ってヘルシーだったかも…!

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リプトン・ティーとアイルランドの意外な関係

英国から日本へ初めて紅茶が輸入されたのは1906年。今年2006年は、紅茶来航100周年だそうです。

今から100年前、日本に初めてもたらされた紅茶は黄色い箱のリプトン・ティー
今はいろいろなブランドがあるのでしょうが、私が子供の頃の紅茶は決まってリプトンの黄色いティー・パックで、それにレモンを浮かべて飲むのが「西洋風」だと信じていました(笑)。
今ではこちら風のミルク・ティー党になってしまいましたが、時々あのレモン・ティーがむしょうに飲みたくなることがあります。きっと多くの日本人にとって、初めて飲んだ紅茶はリプトンなんでしょうね~。

この世界的に有名なリプトン・ティーの発祥地はスコットランドのグラスゴーですが、創業者のサー・トーマス・リプトン(Sir Thomas Lipton)の両親は、実はアイルランド人です。

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この人が紅茶大王リプトンさん!(Wikipediaより)

19世紀の大飢饉の時に、カウンティー・モナハン(Co. Monaghan)のクロネス(Clones)からスコットランドに移民したリプトンの両親。そこで生まれたトーマス・リプトンは、15歳で渡米、その後生まれ故郷のグラスゴーに戻り紅茶ビジネスで大成功し、ビクトリア女王よりナイトの称号を授与されて「サー・リプトン」となった、気概のアイリッシュ・スコッツなのです。

以下、英国政府観光庁さんの英国式幸福論。より、リプトンのサクセス・ストーリーを抜粋させていただきます。

― リプトンは、もともとはハムやベーコンを扱う食料品店として、1871年にスコットランドのグラスゴーに第一号店をオープンしました。商売や広告のセンスに富んだリプトンは、どんどん店を発展させていきましたが、紅茶を扱うようになったのは、第一号店をオープンしてから20年近くもたった1890年のことでした。その間に多くのブローカーが彼のもとを訪れては紅茶を売りつけたのですが、リプトンは紅茶の値段が高いのは、中間会社の儲けのためであることを知り、本当に品質の良い紅茶を適正価格で消費者が求められるような製品を提供するために、スリランカに赴き茶園経営に乗り出しました。

こうしてリプトンは、イギリスのみならず、世界各国に紅茶を届けたのです。名優エリザベス・テーラーが映画のロケでスリランカを訪れたときに茶園を見てとても驚いたエピソードは有名です。「紅茶はリプトンの缶から出てくるものだと思っていたわ!」。これは多くの人に紅茶といえばリプトンと認知された証だといえるでしょう。―

リプトンの両親の故郷クロネスに話を戻しますと、彼らが移民した後の19世紀後半のクロネスは、徐々に貧困から立ち直りを見せていったようです。
1850年代に導入されたレース産業により、半世紀後にはアイルランド島におけるクロセ編みレースの中心地に成長、鉄道や運河が建設されて交通の要所としても賑わいを見せました。
もしもリプトンの両親がそのままクロネスにとどまっていたら、リプトンの黄色い箱から出てくるのは、紅茶のティーパックではなくて、レースのドイリーだったかも…!

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現在のクロネスの町(Monaghan Tourismより)

ちなみにクロネスは、作家パトリック・マッケイブ(Patrick McCabeの出身地でもあります。彼の代表作『ブッチャー・ボーイ(Butcher Boy)』は、1996年にニール・ジョーダン監督により映画化され、クロネスでロケが行われました。(ブラックすぎるストーリーのためか日本での劇場公開はありませんでしたが、字幕版DVDが出ています)

先日、デリーからの帰り道にバスでクロネスを通り過ぎたとき、車窓からフランキーたちが縄張りを張っていた噴水を目撃。
リプトンとブッチャーボーイの足跡を訪ねて、今度ゆっくり、クロネス散策に出かけたいな~。

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ダブリンのクリスマス・マーケット

ベルファーストでクリスマス・マーケットが始まったことを書きましたところ、Uisceさんより、ダブリンのイベントについてご質問いただきました。(ありがとうございます)
ダブリンでも12月になると、ここ数年、IFSCでクリスマス・イベントが行われています。今年のスケジュールを調べてみると…

12日間のクリスマス
2006年12月12日~23日
場所:カスタム・ハウス・キー(Custom House Quay)にて


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12 Days of Christmasより

ベルファーストと同じく、コンチネンタル風の屋台(ジャーマン・ソーセージ、クレープなど)やクリスマス・リースを売るお店が40店舗ほど出る予定。

マーケットの他に、下記のようなイベントが予定されています。

キャンドル・スペクタクル…12月15日(金)・16日(土)・17日(日)16:30、17:30、18:30より15分間
フェイス・ペインティング…12月17日(日)13:00~15:00
ブラス・バンド…12月16日(土)13:00~15:00
サイモン・コミュニティー・コーラス…12月16日(土)16:00~18:00
※詳しくはこちら

IFSCのクリスマスは、モダンなイルミネーションがこれまたきれいです。この時期にダブリンにいらしたら、ぜひお立ち寄り下さいませ。


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ベルファーストのお気に入り・ベアトリス・ケネディー

今晩のディナーは、ベルファーストのベアトリス・ケネディーにてお客様とご一緒にいただきました。

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HPより)

次々と新しいレストランがオープンするベルファーストにあって、変わらぬおいしさと気取らないおもてなしで定評のあるベアトリス・ケネディー。どんな年齢のお客様にも安心しておすすめ出来る、私のお気に入りのレストランのひとつです。

今日のお料理も、何もかもとろけてしまいそうなおいしさ~。このおいしさを再現できないのが残念ですが、私たち4人がいただいたお料理の一部をご覧下さいませ。
まずは前菜、

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赤カブとヤギのチーズのリゾット(なんとピンク!)

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鴨肉ミンチのワンタン包み(意外に繊細なお味)

メインは、

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ビーフのリブアイ・ステーキ(喉ごしのいい、とろけるようなお肉に感激!)

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ハドック(タラ類)のロースト、エビ入りヌードル添え

さらにデザートにいただいたスティッキー・タフィー・プティングが、これまた感激のおいしさ。

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中から溶け出す熱~いチョコレート・ソースと冷たいアイスクリームでいただくプティング。普段はデザートにはあまり関心のない私ですが、これにはいたく感激!まさに私の「夢のデザート」そのものでした。

もしも私がレストランを開くなら、こんなお店にしたいな~というのがここ。
おいしいお食事と楽しいおしゃべり、そしてマネージャーのブレンダのおもてなし上手も手伝って、とても楽しいベルファーストの夜を過ごさせていただきました。

Beatrice Kennedy
44 University Road, Belfast, BT7 1NJ.
Tel +44 (0)28 9020 2290
(クイーンズ・ユニバーシティーのすぐ近く)


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ベルファーストのクリスマス・マーケット

昨日よりベルファーストでは、クリスマス・コンチネンタル・マーケットが始まりました。(シティー・ホール前にて・11月21日~12月19日)

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クリスマスならでは、モルド・ワイン(甘くてスパイシーなホット赤ワイン)を試飲

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北アイルランドの街でのクリスマスの様子は、共和国よりトラディッショナルな雰囲気。昨晩はベルファーストで、今晩はデリーでクリスマス・ツリーの点灯式が盛大に行われました。
子供たちが聖歌を歌ったりしてお祝いする様子がテレビで生中継されており、なんだかとても微笑ましく感じました。

今日のベルファーストは風もなくとっても穏か。マーケットの屋台をひやかしながら、しばしクリスマス気分を楽しみました~。

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シティー・ホール内のクリスマス・ツリーもきれい

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北アイルランドで英・愛交流!

北アイルランドの視察旅行にいらしてくださった英国政府観光庁(Visit Britain)の日本代表の方々と、楽しい旅をさせていただいています。

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ブッシュミルズ蒸留所Old Bushmills Distillery)にて、ハイ、ポーズ~)

キョウコさん(左)はウィスキー試飲合格証を、ミナコさん(右)はホット・トディ(Hot Toddy=シナモンやクローヴの入った温かくて甘いウィスキー)を、そして私・ナオコガイド(真ん中)は特大ブッシュミルズ(!)を手にとっても嬉しそう。

行政的には英国、文化的にはアイルランドというユニークな特徴を持つ北アイルランド。観光に関しては、現在、アイルランドと共同でプロモーションを進めていますが、ここに英国政観さんが加わってくだされば怖いものなし!

英国政観さんの日本代表の方々が正式にアイルランド島を視察訪問してくださるのは初めてとのこと。熱心にアイルランドを知ろう・見ようとして下さる姿勢に、アイルランド観光の明るい未来を見たような気がして、とても嬉しく思いました。

北アイルランドが英国とアイルランドの対立の火種となっていた時代は過去のものとなり、今や北アイルランドが2国間の橋渡し的な役割を演じていることを痛感。今後ますます魅力的なディスティネーションとして、多くの方にいらしていただけることを願っています。

※関連ブログ:世界最古のウィスキー蒸留所

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虹の国アイルランド

降ったりやんだり、晴れたり曇ったり…目まぐるしく変わるアイリッシュ・ウェザーのおかげで、今日はいくつ虹を見たでしょうか。

海から出る虹。

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行く手にかかる虹。

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(いずれも北アイルランドのアントリム海岸道路にて)

アイルランドでは、虹のふもとには妖精が金貨を隠していると言い伝えられており、そこへ行けばお金持ちになれる!と言われています。
虹が消えないうちに、急いで探しましょう!

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プロ仕様のガイド・ブック

明日から数日間、北アイルランドのツアーです。
UKの政府観光庁の視察旅行とのこと、とても内容の濃い日程表をいただいたので、忘れているインフォメーションがないかどうかノートを読み返して再チェック。
何年ガイドをしていても、前の晩にこれをしないとなんだか心配なのです。

日程表のルート上にある小さな町について、もうちょっとインフォメーションが欲しいな~と思い、本棚から取り出して開いたのがこの本。

Illustrated Guide to Ireland by Reader's Digest

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これぞ、アイルランド・ガイドの決定版です!

私たちガイドも最初はやはりガイド・ブックを参照して勉強するのですが、ナショナル・ガイド養成コースの先生に薦められた「ガイド向けガイド・ブック」がこの本。
アイルランドの全地域を満遍なく網羅しているだけなく、私たちガイドにちょうど必要なくらいの過不足ない解説がとても便利。ガイド・ブックというよりは、楽しいアイルランド百科事典のような本。
写真もきれいですし、ちょっとしたコラムも充実していて、読み物としても楽しめる優れものです。

ちょっと調べるつもりで開いたところが、ついつい読みふけってしまい、気がついたらすっかり時間が経ってしまった…。
急いで予習を終わらせ、必要な資料をかばんに入れ、スーツケースを詰めて準備万全。下準備がきっちり整うと、自然に気合いが入ってきて、ツアーがますます楽しみになります~!


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今年最初のクリスマス・プレゼント

今年最初のクリスマス・プレゼントをいただきました。

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きれいなラッピングの中から出てきたのは、ナッツやレーズンをコーティングしたおいしそうなチョコレート!

今年は今月いっぱいで仕事納め、年始まで休暇をいただくので、これを下さった方とお会いするのは今年最後。それを知って、私のために早め目に準備しておいてくださったのでした。

今日は風の吹く寒い日だったのですが、「メリー・クリスマス!」と口々に言い合って別れ、温かい気持ちで家路に着きました。


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クリスマスの飾りつけ始まる

年々早くなるような気がするダブリンのクリスマス商戦
今年もそろそろ、クリスマスらしい飾りつけをあちこちで見かけるようになってきました。

こちらは、いち早くクリスマス・イルミネーションが始まったヘンリー・ストリート

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Baile Atha Cliath=「ダブリン」のアイルランド語名

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Nollaig Shona=アイルランド語での「メリー・クリスマス」

夕方のダブリンの街をお友達とウィンドウ・ショッピング。
クリスマス前のこの時期って、なんだかウキウキ楽しいですね~。

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本が届いた日

しばらく前にアマゾンで大量注文した日本の本が、今日やっと届きました。

ここまで来るには、実は長い道のりが。
配達予定日を過ぎても一向に届く気配がないので、不審に思って調べたところ、どうやら一度配達しようとしたのに、場所がわからずそのまま持ち帰られてしまった様子。アパートの表玄関にコード番号を入れないとドアが開かない仕組みになっているので、そこであきらめてしまう人が多いのです。(電話するとか、不在表を入れるとかいった知恵はないのか!!)
「近くまで来たら必ず携帯に電話して下さい!」としつこく伝え、今日こそ逃がすまい!と、朝からどこへも行かずに待つこと8時間。その間に何度もDHLに電話したので、相当しつこい人だと思われたことでしょう。
夕方6時近くになってやっと私の携帯が鳴り、ダブリンの地理に疎いらしいドライバーさんを家の前まで電話で誘導(仕事を離れてもやっぱりこういう役回り)、ボロボロになったダンボール箱をついに受け取ることが出来たのでした~!

配達してきたのは黒人のお兄さん。ダブリンの地理がよくわからない上、住所の一部がちぎれていてよく読めず、大変な苦労をして届けてくれたようです。
東京→アムステルダム→ブリュッセル→UK→ダブリンと、長い旅をしてきた本たち(実は東京→ダブリンより、ダブリン→我が家の方が時間がかかっている…)、ただでさえ貴重な日本の本ですが、こうやって苦労して受け取るとよりいっそう有り難味が増すというもの
一緒に購入した友人と、手を取り合って大喜びしました。

アイルランドの冬の夜長、日本語での読書とジュリー(ずっと欲しかった沢田研二のベスト3枚組CD)で楽しく過ごせそうです!

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ナポレオンの歯ブラシ

国会議事堂、国立図書館、国立考古学博物館など、アイルランドを代表する重要な建物がずらりと並ぶダブリンのキルデア通り。
1654年創立の由緒ある王立医科大学(Royal College of Physicians of Ireland)の本部もここに置かれています。

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現存する建物は1864年完成
いつも気になりながらも内部を見るチャンスのなかったこの建物ですが、この度修復工事も終了し、ツアーガイド協会(AATGI)のメンバーを対象とした見学ツアーが行われ、参加してきました。

英国時代の名残りで、未だに「王立」の名を残すこの学校。現在は大学院レベルの医学生の専門教育機関として機能しており、キルデア通りの本部は記念ホール的な役割を果たしているとのこと。
こちらはエントランス・ホールに飾られた校章

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天界から降りてくる神の手と、アイルランドの国章であるアイリッシュ・ハープのデザイン。しかしよ~く見ると、手とハープの間には王冠が。
オリジナルは、天界からの神の手を横向きの別の手が支えるデザインだったそうですが、1801年、アイルランドが正式に英国に併合(Act of Union)された時に、手を消して英国王室を象徴する王冠に代えてしまったそうです…。

こちらはメイン・ホール

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この部屋の真ん中にうやうやしく置かれた展示ケースには、かのナポレオンの形見の品々があり、びっくり。
こちらはなんと、ナポレオンが使用していた木製の歯ブラシ!

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歯ブラシの歴史についてはよく知りませんが、200年前から現代とほぼ変わらぬ形のものが使用されていたんですね~。

他にもナポレオンの血肉を切った(!)メスなど、オタクな展示品が…。いずれも、アイルランド海軍の軍医であったカウンティ・ティペラリー出身のバリー・オマラ博士(Dr. Barry O'Meara)のコレクション。
何故このようなモノがアイルランドにあるかというと、このオマラ博士なる人物が、ワーテルローの戦い(1815年)で失脚して島流しとなったセント・ヘレナ島での、ナポレオンの専属医だったのだそうです。

素晴らしい図書室もあり、大学が所有する3万冊の蔵書の半数がここに収められているとのこと。

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面白かったのは、この「もしもしチューブ」

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図書室での静寂を保つため、他の部屋とコミュニケーションはこのチューブで「もしもし」して行われたとのこと。3つの部屋につなげられたチューブは糸電話と同じ原理。19世紀のアイデア商品ですね~。

さらに地下の展示ケースには、19世紀に使用されたメスや注射器、聴診器(木製の巨大なもの)など面白いものがたくさんありましたが、やはり「ナポレオンの歯ブラシ」のインパクトにかなうものなし。
きっと探せばまだまだあるであろう、人知れず展示されているダブリンの「オタクなコレクション」発掘に、がぜん興味がわいてきたのでした!

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ダブリンの夜景の見えるバー(ギネス・ストアハウス)

ギネス・ストアハウス(Guinness Storehouse)最上階のグラビティー・バー(The Gravity Bar)は、ダブリンの街が360度見張らせるガラス張りのバー・スペース。
ここで出来立てのギネス・ビールを飲みながら、ダブリンの街を見晴らすのがなんともいい気分~。

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(夕方5時ごろのグラビティー・バー)

日の長い夏場にはなかなか見ることの出来ないダブリンの夜景。それが楽しめるのも冬場の観光ならではです。
天井にともされた無数の小さなライトがガラスに反射して、まるでプラネタリウムのよう。
幻想的な空間で飲むギネス・ビール、なんだか酔いがまわるのもいつもより早かったような…。

最終入場は17時(7・8月は20時)

※関連ブログ:ギネスの9000年賃貸契約

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ホテル賞を受賞したブルックス・ホテル

今回のグループさんのアイルランド最後の晩の宿は、ダブリンのブルックス・ホテル(Brooks Hotel)

Brooks Hotel
Drury St, Dublin2.
T: +353 1 6704000/F: +353 1 6704455


ここは、先日発表されたジョージーナ・キャンベル(Georgina Campbell=フード&トラベル・ライター。アイルランドのミシュランのようなもの)の年度賞で、ビジネス・ホテル・オブ・ザ・イヤー2007を受賞したホテル。スタッフのプロフェッショナルな対応や心遣い加減がほど良くて、とても居心地のいいホテルです。

私たちのために、お部屋にこんな嬉しい演出をして下さいました!

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ウェルカム・カードにはおいしいイチゴ・タルトが添えられていました~

早朝の出発にもかかわらず、朝4時からコーヒーとトーストを用意して笑顔で送り出して下さったのには感謝感激。
グラフトン通りから徒歩5分の好ロケーション、プチ・ホテル風のお部屋は落ち着いて温かみがあり、ビジネスにも観光にもおすすめのホテルです。

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アイリッシュ・ダンスでプロモーション!

数日間ご一緒させていただいたお客様を、今朝早くダブリン空港へお見送り。
今回のグループさんは、旅行会社の社員さんやオペレーターさんたちのアイルランド視察旅行。政府観光庁の担当の方を中心に、皆さんアイルランドのプロモーションに熱心に取り組んで下さっているので、とても嬉しく思いました。

旅の最後の夜は、現地のオペレーターさんやホテル関係者などと一緒にお食事をしながら交流、その後ダンサーが来てくれて、アイリッシュ・ダンスを披露してくれました。

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皆さん、生で見るアイリッシュ・ダンスの迫力に大興奮!
その後もちろん、私たちも一緒に踊ってしまったことは言うまでもありません。

来年度もアイルランドにお客様がたくさん来て下さいますように!

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冬の桜が咲き始めました

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お客様とダブリンのトリニティー・カレッジ構内を歩いていたら、桜が花をつけ始めているのに気がつきました。
今年ももう、そんな時期です。

これは日本で「十月桜」とか「寒桜」とか言われる種類のものらしく、アイルランドでは11~1月にかけて梅の花のような趣の小さな白い花を咲かせます。
アイルランドのサクラのシーズンは11~4月
「十月桜」→「山桜(風のもの)」→「八重桜」の順で徐々に花を咲かせてくれるので、冬から春にかけて長い期間、桜の花を楽しむことが出来ます。

寒冷地で育った私にとって、真冬にかけて咲く花のあるアイルランドの気候はマイルドそのもの
私の故郷は梅・桃・桜が春に一気に咲くようなところなので、東京で真冬にツバキが咲いているのを見た時も増して、冬の桜は驚きなのです!

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タイタニック号の最後の寄港地コーヴ

1912年、処女航海で沈んだ悲劇の豪華客船タイタニック号
アイルランド南部の港町コーヴ(Cobh, Co.Cork)がその最後の寄港地です。

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霧雨の降るコーヴの街で、タイタニック号を偲んでのウォーキング・ツアー。街のあちらこちらに、タイタニック号ゆかりの場所が残されています。
こちらは、乗客たちが最終チェックインをしたホワイト・スター・ライン社のオフィス

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ホワイト・スター・ライン社の撤退後、失業保険給付オフィスなっていたこの建物。毎週ここへ失業保険をもらいに来ていた土地の男性が、ある日宝くじで大当たり! 一攫千金を手にした彼はこの建物を買い取っつて保存することに。現在はタイタニック号を偲ぶバー&レストランとしてオープンしています。

こちらは、乗客たちが船に乗り込んだオリジナルの桟橋

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ディカプリオ主演の映画では船が接岸したことになっていますが、実際には沖に停泊していたので、乗客はここからタグボートに乗って船へ移動しました。
タイタニック号がコーヴに停泊していたのはたったの2時間ほど。動くものの中では世界一の大きさとまで言われた豪華客船の到着に、小さな街は大変なお祭り騒ぎだったようです。

北アイルランドのベルファーストで造船されたタイタニック号は、イギリスのサザンプトンを出航してフランスのシェルブールに停泊。1912年4月11日、当時クイーンズタウンと呼ばれていたコーヴ港へやって来ました。
ここで乗客123人(多くがアメリカへ移民する3等客船の乗客たち)を乗せ、ニューヨーク目指して大西洋航海へ出発、その3日半後に海難事故で遭難してしまいました。

乗客&乗組員2207名のうち生存者はたったの705名という、前代未聞の大惨事となったタイタニック号の悲劇。
犠牲者を慰霊するモミュメントが街角にさり気なく立てられています。

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カラフルな港町らしい風情のあるコーヴの街並み。その佇まいはタイタニック号がやって来た90年前とさほど変ってないようです。
きっと小さな路地裏に、様々な歴史のドラマが眠っているのでしょうね~。

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坂の街コーヴ。ダッチ・ゲイブルの異国情緒あふれる家並みが続く


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冬でもやっぱり「エメラルドの島」

「エメラルドの島」のニックネームで知られるアイルランドは、一年を通して豊かな緑に覆われています。
北海道より高い緯度(北緯51~55度位)にありながら、メキシコ暖流が島の南西部を流れるため、真冬でも牧草地の緑が枯れてしまうことはありません。

今ツアーのご案内でアイルランド南部のカウンティー・コーク(Co. Cork)に来ています。雨上がりの緑がキラキラして、とってもきれい。

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ブラーニー城(Blarney Castle)の上から思わずシャッターを切ったら、まるで「おとぎの国」のような写真が撮れました~。

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近頃のダブリン・ファッション事情

数年前、友人とロンドンへ行った時のこと。
当時ダブリンにはあまりなかったおしゃれな洋服をたくさん目にして狂喜した私は、観光そっちのけで買い物しまくっていました。
TOPSHOP(ダブリンにもすでにあったけど品そろえが全然違った)、ZARA、H&M、GAPなどなど、超高級ブランドではなくて、普通の女の子が日常的に出入り出来るこの手のショップがダブリンにもあったらいいな~なんて思っていたものです。

あれからほんの数年のうちに、上記のショップはダブリンに次々オープン。ブラウン・トーマスにもたくさん新ブランドが入り、セレクト・ショップ系の小さいお店も多くなりました。(ダブリンのみならず、ゴールウェイ、キルケニーなど地方都市にもいいお店多し)
道行く女の子たちのファッションも年々おしゃれでカラフルになり、スカート人口がぐんと増えました

最近驚いたのは、昨年ローマで気に入って買ったメイド・イン・イタリーの無名ブランドのスカートが、ダブリンのとあるセレクト・ショップで売られていたこと。
以前のようにイタリアやロンドン、ニューヨークに行くたびにハッスルしなくとも、ダブリンで十分おしゃれな洋服が買えるようになったのです!

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最近の私のお気に入り、ヨーロッパ無名ブランドのセレクト・ショップ(AIRWAVE, Wicklow St, Dublin2.)

生まれ変わったらファッション・デザイナーになりたいと思っているくらい(ダンサーにもなりたいし、アイススケートの選手にもなりたいけど)洋服を見るのが大好きな私。
ダブリンには欲しい洋服がなくてお金が減らなくていいわ~なんて言っていたのはいつのことやら、近頃は、お財布の紐を意識して引き締めていないと、ずるずるとダブリンの消費文化の波に飲み込まれそう…

ケルティック・タイガー景気がもたらしたアイルランドの消費文化。
若向け外国ブランドと携帯電話のショップがずらりと並ぶダブリンのグラフトン通りは、なんと世界で5番目に地価の高いストリートだそう。
その様子を、なんだかちょっと「成金」っぽいな~なんて一歩引いて嘲笑的な見方をしていた私ですが、今日、グラフトン通り周辺で嬉々としてショッピングしている自分に突如はっとし、この私が消費文化の担い手だったのね~とやけに冷静になってしまったのでした…。

私の場合、ファッションへの消費は一種の「熱病」のようなもの
数十ユーロのTシャツ一枚でおさまっているうちは、「健全な熱病」とみなして、熱を出してしまうことにしています(笑)。年に数回(特に季節の変わり目に)熱が出て、そのサイクルを何回か繰り返すと、自然に落ち着いてくるみたい。
アイルランドも今、熱が出たり冷めたりしている、そんな時期なのかもしれませんね~。

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現地発・冬のアイルランド「海藻」の旅!

この冬、CIEツアーズさんとの協賛で、アイルランドの西海岸に古くから伝わる「海藻デザート」と「海藻風呂」をテーマにした、現地発・日本語ツアーを企画させていただきました!

個人ではなかなか行きにくいドネゴール・スライゴ方面へ出かけ、大自然・史跡・文学ゆかりの地を訪ね、夜はアイルランドの伝統料理と名酒で乾杯…と、アイルランド初めての方にも、通の方にも楽しんでいたける充実した楽しい内容です。

アイルランド伝統の里へ
~アイリッシュの健康法、海藻バス&海藻デザートを体験!おいしい伝統料理と名酒で乾杯!~

★ダブリン発着(3泊4日)・全行程日本語ガイド&専用車付き
★2006年11月~2007年3月までの毎日曜日出発
★お一人様 599ユーロ


★日程
第1日目
 ダブリン発~タラの丘~エニスキレン周辺(ケルトの石像ヤヌス像)~ドネゴール・アーダラ村~夕食(アイリッシュ・シチューとギネス・ビール)<宿泊:ウッドヒルハウス(ドネゴール・アーダラ)>
第2日目 崖の名所スリーグ・リーグキルクルーニー・ドルメン~アーダラ村でツイード織り実演~夕食(ベーコン&キャベッジとカラギンモス・ゼリー)<宿泊:ウッドヒルハウス(ドネゴール・アーダラ)>
第3日目 ドネゴール発~スライゴ(W.B.イエーツゆかりの地)~海藻バスでリラックス~夕食(アイリッシュ・サーモン&アイリッシュ・コーヒー)<宿泊:リバーサイド・ホテル(スライゴ)>
第4日目 スライゴ散策~ダブリンへ~解散

★ツアー料金に含まれるもの 1日目から4日目までの専用バス、専門運転手(英語)、1日目から4日目までの日本語ガイド、ホテル(アーダラ2泊・スライゴ1泊…2人用部屋をお2人でご利用)、各ホテル朝食(フル アイリッシュ ブレックファスト)、各ホテルのサービス料金、ホテルでの夕食(全3回)、海藻バス(海藻風呂)

主催:CIEツアーズインターナショナル



ツアーの前後にダブリン観光したり、終日現地ツアーなどを組み合わせることも可能。お申し込み・お問い合わせはこちらからどうぞ。

この冬アイルランドで、ご一緒にギネスで乾杯できるのを楽しみにしています!

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スリーブリーヴにかかる虹(2004年3月撮影)


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アイルランドでドライビング・レッスン

アイルランドで運転免許を取る!と決心し、プロビジョナル・ライセンスを所得してから早一年…。(2005年11月8日のブログをご参照下さい)
それから一体どうなったかというと、実はつい最近になって、やっとドライビング・レッスンを始めたところ。

日本にあるような自動車教習所のないアイルランド。
では一体どこで運転の練習をするかというと、いきなり路上で行います!

ドライビング・セオリー・テスト(運転常識テスト)に合格しプロビジョナル・ライセンス(仮免)を所得すると、「Learner=教習者」と言う立場となり、この時点で路上を走ることが出来ます。(助手席にフル免許所得者を乗せる、高速道路は走らない、などの条件付きですが)
プロビジョナル・ライセンスの有効期限は2年。その間に各自で運転の練習をし、本番の実地試験に合格すればフル・ライセンスが与えられるという仕組み。

どこで何十時間乗らなければならないという決まりもなく、自分が運転出来るようになり試験に合格しさえすればいいので、家族や友人から運転の仕方を教わってもいいし、プロのインストラクターをつけてレッスンを受けることも出来ます。
私の場合は後者。家の近くのドライビング・スクールに申し込むと、助手席にもブレーキの付いた教習用の特別な車でインストラクターが家まで来てくれます。(料金は1時間35ユーロ位がダブリンの相場)

先日、初めてのドライビング・レッスンを受けたのですが、

「2時間のレッスンの最後には、自分で運転して家に帰るんだよ」

とインストラクターの先生に言われ、びびりまくった私。
ハンドルを握るのはほとんど生まれて初めて、何がクラッチで何がブレーキなのかもわからないのに、2時間後には路上を運転するなんてそんなバカな…!

まずはフェニックス・パークへ連れて行ってもらい、そこで基礎練習。長々しい説明は一切なく、いきなり運転席に座らされて先生の言うとおりに操作すると、なんと車が動いてる~!
何がなんだかよくわからないままにギアチェンジもし、インディケーターも出して車を走らせていた私。初めはバラバラだった2本の手と足も、次第にかみ合ってきて、な~んだ運転ってこんなに楽しかったのね~とすっかりいい気分。
そして先生に言われたとおり、2時間後には自分で運転して無事に家に帰り着きました!

思えば、アイルランドで初めて乗馬をした時もそうだった。
馬の操り方と注意点を二言三言言われただけで、あとはインストラクターに必死でついて行き、30分後には大草原をパカパカ駆けていました。
アイリッシュ・ダンスも然り、見よう見まねでステップを踏んで、気がついたら踊れていました。

アイルランドでは、いろんなことが「いきなり本番」
慎重に基礎固めをしてから本番に臨むという日本のやり方とは大きく違う。
スポーツなどでも早いうちから試合経験をさせるそうですが、うまくやるよりも、まずは競技を楽しむことが重視されているのでしょう。

「初回でこんなに出来るようになっちゃったら、これから教えることがないね~」

と先生におだてられて、すっかり運転が好きになった私。
教える側の褒め上手もアイルランドの教授法なのか、おだてに弱い私には効き目バッチリ。
ひとりで路上に出る日を夢見て、楽しくレッスンを続けたいと思います~!


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月のきれいな冬の夜

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ダブリン湾に昇る月。写真に撮ったらダイヤモンドのきらめきのようになりました~

先週末より冬時間になり、日の入りが早くなったダブリン。
このところ夕方5時頃には薄暗くなるので、北東の空に月が昇り、南西の空に日が沈む様子を同時に見ることが出来ます

夕ご飯を食べ終わってもまだまだ日の高い明るい夏の夜も好きですが、美しい夕焼けや月夜を楽しめる冬の夜もいいものです。

今夜の月はとても美しく、日の入り時の白い月の周りに、虹色のオーラのような光が出ていました。その神秘的な美しさはなんだか神々しくさえあり、思わず立ち止まって手を合わせてしまったほど!
闇が濃くなるに連れイエローに変わっていくお月様を見ながら、しばし月光浴を楽しみました。太陽の光を浴びると身体が元気になり、月の光を浴びると心が元気に…私の心のパワー充電法です。

明日は満月。皆さんも、美しい月夜をお楽しみ下さい~!

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グレース・オマーリーのお墓参り (クレア島・完結)

今回のクレア・アイランド(Clare Island)への旅で私がいちばん訪ねたかった場所がこちら、グレース・オマーリー(Grace O'Malley)が永眠すると言われる古い教会

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1224年建立(1460年頃に再建)のシトー会の教会

港より3キロ程、昨日のブログにちらりと登場した島内唯一の(と思われる)小さなお店のすぐ近くにあります。
ちなみにお店の名も「O'Malley」さん。これからグレース・オマーリーのお墓参りに行くの~と言うと、隣りの家が教会の鍵を持っているから開けてもらうといいよ、と教えてくれました。

店と教会の間には民家が一軒、ノックするも誰も出てこない…。
仕方なく外側から教会の写真を撮ったりしていると、犬を連れたおじさんがどこからともなく現れて、大きな閂をまわして教会のドアを開けてくれました。

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数年前に修復作業が行われて、全くの廃墟だった西側の部分に屋根が取り付けられたようです。内陣のアーチは、きれいに残っています。

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内陣の左側の立派なストーン・ワークが施された一角がグレース・オマーリーの墓所だとのこと。

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墓所の脇にはめ込まれていたオマーリー家の家紋

尻尾がくるりんとしているこの動物、もしやイノシシ…?
何を隠そう「猪突猛進」イノシシ年の私は、ここで何やら運命的なものを感じてしまったのでした。

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オマーリー家の家紋。まさに「猪突猛進」ポーズの真っ赤なイノシシが…

内陣の天井には、中世のフレスコ画が良く残されており、これだけ形がはっきりと残っているものは、国内でも希少価値。

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ウルフハウンド、アイリッシュ・ハープがはっきり見えます

グレース・オマーリーの生きた1500年代は、アイルランド全体が伝統的なケルトの社会からイギリス支配下へと移行していく過渡期にありました。
1793年、当時63歳になっていたグレース・オマーリーは、アイルランドの西海岸にイギリスの手が伸びるの食い止めるべく、時の英国女王エリザベスⅠ世に直談判することを決意します。海賊船が横行する危険な海を渡り、テムズ川をさかのぼってロンドンへ入城、Greenwich城にて女王への謁見を果たしたグレースの、なんとまあ、見上げた行動力と熱意!
この2人のカリスマティックな「女王」同士の対面は、私の興味を掻き立ててやまない歴史の中のお気に入りのひとコマです。

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Wikipedeaより

片やコテコテ・ゲーリックの「海賊の女王」と、首にエリマキトカゲ(風の襟飾りのこと)を巻いた「ホンモノの女王」
全く異なる立場・境遇でありながら、当時の女性としては信じがたいくらいの逸材であり、いずれも数奇な生涯を送ったことでは共通する2人。
歴史の糸に手繰り寄せられて人生を交差させることとなった2人の女性の対談が、ラテン語で行われたというのもなんとも興味深い話。グレースは英語を話さず、女王はゲール語を話さず。2人の共通語は、ラテン語オンリーだったんですね~。

(ちなみに…この絵のグレース・オマーリーは私のイメージとはちょっと違う。やっぱりスキンヘッドか少なくとも白髪でロングヘア、小柄で細身、顔はしわっぽく日に焼けていて、瞳は抜け目のない輝きを放つ緑。ドルイド調のリネンのドレスにウールのマントを羽織り、タラ・ブローチ型のピンを胸に着けているのが、私のグレース・オマーリー!)

グレースの熱意に感服したのか、もしくは「似たもの同士」を実感して意気投合したのか、この2人の対談は実り多きものとなったようです。2人の間には、身分を越えた友情らしきものまで芽生えたとも伝えられています。
グレースは海賊行為を自粛することを誓い、その代わりに、残りの生涯を安全にクルー湾域の先祖代々の土地で暮らすことを認められました。
また、彼女の息子は初代メイヨー伯となり、オマーリー家はイギリス支配下におけるアイルランドの特権階級として生き残っていくこととなるのですが、これもグレースの勇気と行動力、女王にさえ気に入られた魅力的な人柄の賜物と言えるでしょう。

これもまた運命のいたずらか、2人はその10年後の1603年にそろって天に召されています。その後まもなくゲーリック・アイランドが終焉を迎え、急速にイギリス化していったことを思うと、2人の死は何やら象徴的な意味を持っていたように思えてなりません。(この2人、天国で大親友になっているかも…)

教会内の家紋に記されたオマーリー一族のモットーは、

Terra Mariq Potens

意味は

Mighty on Land and Sea=海でも陸でも力強くあれ

これぞ、グレース・オマーリーの生き方そのもの!
人は彼女の生き方というより、その力強い生き様が育てた強くて研ぎ澄まされた「魂」そのものに魅力を感じ、時代を超えて引き付けられるのでしょう。


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キャンドルをかたどった教会の窓

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クレア島でウォーキング (クレア島その3)

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クレア・アイランド(Clare Island)にはホテルが一軒、ゲストハウスとB&Bが数件あります。
当初、島に一泊しようと計画していた私たちですが、なんと宿泊施設はすべてハロウィーンを待たずして冬季休業に入ってしまっていることが判明し(多くの場所が「イースターからハロウィーンまで」なのに)、結局ウェストポートに宿泊して、島へは日帰りすることにしたのでした。

港に降り立ち、まずはパブにでも入ってひと休み…と思い、同じフェリーに乗っていた地元の女の子たちに場所を尋ねると、なんとパブはないとの返事が…!
アイルランドにパブのない場所があるなんて…ここは独立国?

幸い、公民館のような建物のトイレが開いていたから良かったものの、フェリーの人に念押しされた通り、本当に本当に「何もない」のでした。
(後で知ったことですが、実はこの公民館が、夏場はツーリスト・オフィス、夜はパブに早代わりするらしい)

しかし「何もない」のもたまにはいいものです。
帰りのフェリー出航まで約4時間、ひたすら歩いて島内観光した私たち
霧雨が降っていたものの暖かい日で、途中で犬に吠えられたりしながらも、のどかな景色を満喫、まさに「命の洗濯」。

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まるで1970年代の日本の田舎のよう…

島の東側に位置するKnocknaveen山(高さ220メートル)の周りを時計回りにくるりと一回りするルートを取ったのですが(本当は反時計回りの方が歩きやすかったようです)、あとで地図を見てみると、たっぷり6~7キロもウォーキングしていたことが分かりびっくり
私のグレース・オマーリー熱に引きずられるようにして来てしまった他の3人は、実は心の中で「だまされた~」と叫んでいたかも…!

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群生する巨大植物グンネラ(英名Giant Rhubarb)

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一斉にこちらを見つめる好奇心旺盛な羊たち

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すりすり寄って来たロバ

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村の名が書かれたシンプルな標識。自然石をそのまま使っているのがおしゃれ

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1840年代の大飢饉以前の島の人口は1700人(現在の10倍以上!)。打ち捨てられた当時のコテージ

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牧草地の中のデコボコはlazy beds。貧しかった時代のジャガイモ畑の跡

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(おそらく)島で唯一のお店。ここでやっと温かいコーヒー&島の人を数人発見。この頃には雨も止み、店先のベンチをお借りして本土から持参したサンドイッチでランチ(持って行ってよかった~)

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カウンティー・メイヨーのカラー赤&緑に塗られたポスト

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道端に咲くアザミの花。この時期でも野の花がいっぱです

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緑鮮やかな海沿いを離れ、荒涼とした景色の島の内陸部へ。まだまだ歩く、歩く…

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島の北端に位置する200年前に建てられた灯台。時間切れで登頂できず残念

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形成される途中の泥炭地

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海の中に見えるのは、アイルランド初の天然サーモン養殖所(写真をクリックして拡大して見て下さい)

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港がついに見えてきた~!

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ビーチにはピンク色のきれいな石がいっぱい。まるでローズ・クォーツのような透き通った石を記念に拾ってきました

小さい島ながら、先史時代の史跡も多く残るクレア・アイランド。今回はそこまで見る時間がありませんでしたが、次回の楽しみにとっておきたいと思います~。

<つづく>

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海賊の女王の城 (クレア島その2)

クレア・アイランド(Clare Islandは、一年365日と同じ数だけ島があると言われるクルー湾(Clew Bay)最大の島。
とは言っても、面積約16平方キロメートル、人口160人の小さな島です。

フェリーを降りるなり、憧れのグレース・オマーリー(Grace O'Malley)の城に迎えられて大感激!

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1400年代にアイルランド各地にこぞって建てられた「タワーハウス(tower house)」と呼ばれる要塞の典型。非常に良いコンディションで保存されています。

クルー湾沿岸のさまざまな城を拠点として、北はスコットランドから南はスペイン、ポルトガルまで船を走らせ、貿易(海賊?)活動を行ったグレース・オマーリー。
彼女がクレア・アイランドを拠点としていたのは、1560年頃、夫のドナル・オフラハティー(Donal O'Flaherty)が暗殺された後のこと。30代の若さで未亡人となってしまったグレース・オマーリーは、クルー湾南(コネマラの沿岸部も含む)のオフラハティー家の領地を後にして、代々オマーリー家の土地であったクレア・アイランドに戻ってきます。
後に再婚によりウェストポートから北20キロほどのところにあるRockfleet城を手に入れるまでの数年間、この城を拠点としてクルー湾全体を治めていたようです。

それにしても、堂々と建つ要塞とは対照的に、閑散として人気のないクレア・アイランド…。
フェリーに乗っていたわずかばかりの人々もあっという間にいなくなってしまい、港にぽつんと残された私たち4人。
フェリー乗船時に、「島の設備はすべてクローズしているけど、それでも行くのか?」と念押しされた意味が、やっとわかったのでした…。

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貸し自転車屋さんもクローズ。夏には観光客でにぎわうのでしょうね~。

<つづく>

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