ナオコガイドのアイルランド日記

観光ガイドによるアイルランド生活・旅情報

ハロウィーンの夜

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ウェストポートのスーパーマーケットにて

今年もハロウィーンがやってきました。
昨年のハロウィーン時期にブログを書き始め、早一年。いつも読んで下さっている皆さん、コメントを下さる皆さん、どうもありがとうございます!

ハロウィーンはもともとケルト起源のお祭り。ケルトの暦ではサワーン(Samhain)と言い、この日を境に年が変わります
古いものから新しいものへと移り変わるこの日の晩は、霊や悪魔がアクティブになる時。あの世を隔てるヴェールがちょっぴり薄くなり、不思議な世界が透けて見える時でもあります。

今晩のダブリンは、魔よけの爆竹音が空をつんざくかのように鳴り響き、町内会の仮装した子供たちのハロウィーン・パレードが先ほど我がアパートの前を通りすぎて行きました~。

明日からケルティック・ニュー・イヤー
皆さんにとって、楽しく平和な年になりますように!!

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パイレート・クイーン号に乗って (クレア島その1)

アイルランドの西海岸で16世紀に活躍した海賊の女王グレース・オマーリー(Grace O'Mallye)
彼女が活動の拠点としたのは、クルー湾(Clew Bay, Co. Mayo)に浮かぶ小島クレア・アイランド(Clare Islandです。

ミュージカル『The Pirate Queen』のことを先日のブログに書いてからというもの、なんだかとってもクレア・アイランドに行きたくなってしまった私。
思い立ったが吉日、週末に出かけてみよう!と決心、せっかくなので友人数名を誘ったところ、3人が2つ返事でOKしてくれて、2泊3日の楽しい小旅行となったのでした。

クレア・アイランド行きのフェリーは、ウェストポートより車で約30分ほどのRoonagh Queyから出ています。
(ちなみにウェストポートよりタクシーで片道35ユーロ。夏場は連絡バスが出ているらしい)
通年2社のフェリーが運航していますが、私たちが利用したのはこちら。

The Clare Island Ferry Comapay
Tel:086 8515003(Brian)
天候・季節により運行状況が変わるため事前に要確認


clareisland2
連絡船風のかわいいフェリーはその名もPirate Queen号

夏の観光シーズンには日に何往復かしているこのフェリー、この日は朝と夕方に一往復ずつのみ。観光客らしき乗客は私たち4人だけで、他には、ロング・ウィークエンドで里帰りする島出身の若者や家族が7~8名乗っているだけでした。

出航するや否や、激しい横揺れが始まり、いきなり大西洋の荒波の洗礼を受けてしまった私たち。たった20分ほどの船旅にもかかわらず、大海原を永遠にただよっているかのような気分…。
グレース・オマーリーの時代には、ガレー船をえっちら漕ぎながら、来る日も来る日も海の上だったのでしょうね~。

クルー湾は数多くの小島からなる美しい入り江
行きは悪天候のためグレイの空と海しか見えなかったので、帰りに天候が回復して、本土がすぐそこに見えたのにはびっくり。
実はRoonagh Queyからクレア・アイランドまでは、ほんの5キロほどしかないのでした。

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空の割れ目から光が…。遠くの島はおそらくInishturkとCaher Island

ついにクレア・アイランドに到着、何度も写真で見ては憧れたグレース・オマーリーの城に迎えられて大感激~!

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(実はこの写真、島を離れる時に撮ったもの。到着した時は船に揺られてそれどころではなかった…)

<つづく>

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アトランティック・コースト・ホテル(ウェストポート)

今週末は、月曜日がバンク・ホリデーとなる今年最後のロング・ウィークエンド。
友人を誘って2泊3日の小旅行を計画、カウンティー・メイヨーのウェストポート(Westport, Co. Mayo)へ行って来ました。

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ホテル付近より望むクローク・パトリック(Croach Patrick)山。山頂で聖パトリックがヘビ退治したと言い伝えられている高さ765mの聖なる山

私たちが宿泊したのは、ウェストポートの街から車で5分ほど、かつて栄えた港の面影が偲ばれるハーバー・エリアに位置するアトランティック・コースト・ホテル

Atlantic Coast Hotel
Westport Harbour, Westport, Co. Mayo.
Tel: 098 26000
Tax: 098 29111


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18世紀の倉庫の外観をそのまま残した建物

1999年にオープンしたこのホテル、機能的、かつ、ブティック・ホテルのようなおしゃれ感もあって、私のお気に入りのホテルのひとつです。

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青と黄色を基調としたハーバーらしい内装のお部屋

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明るく温かい雰囲気のレセプション・エリア

朝食はルーフ・ウィンドのある最上階のレストランでいただくのですが、ビュフェの種類が豊富でとってもおいしい~。朝から、お魚料理もいただけます。

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まるでディナーのような豪華なブレックファースト!

お部屋にはバスローブやスリッパ、アロマ・オイルまであり。
プールで泳いで、サウナに入り、お部屋でアロマ・オイル入りのお風呂につかってのんびり~。

…と、ホテル・ライフを十分に満喫した今回の小旅行ですが、実はこの旅の本当の目的は、海賊の女王グレース・オマーリーゆかりのクレア・アイランドへ行くことでした!
大西洋の荒波にもまれて行って来たクレア島でのお話は、後日、アップさせていただきますね~。

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一足お先に…Trick or Treat!!

アパートのドアをノックする音がして出てみると、こんなに可愛いいお客さんが…!

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ちょっと恥ずかしそうに、「Trick or Treat!」
ハロウィーンまであと4日間、待ちきれなくなって、訪問開始してしまったおしゃまな女の子たちでした~。



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VOCE12月号・鏡リュウジさんのアイルランド紀行

2ヶ月ほど前に、占星術研究家・鏡リュウジさんの取材旅行をご案内させていただいたのですが、その内容が掲載された雑誌『VOCE12月号』(講談社)が発売となりました。

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(10月23日発売・i-VOCEにてコンテンツが見られます)

本日、私の手元にも掲載紙が届き、興味深く拝見。
6ページにわたる特集のタイトルは、ずばり「鏡リュウジ・アイルランドで女神に会う~ニッポンの星の王子、魔法の国に心酔す~」!

鏡さんは「ニッポンの星の王子様」の名のふさわしい素敵な方で、終始楽しい取材旅行でした。
巨石遺跡ブランズヒル・ドルメンを訪ねたり女神信仰の城でイシス友邦団の創始者オリヴィアさんと対談したり、魔女伝説のあるキルケニーを散策したり…。

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ドルメンでの取材風景

美しい写真と読み応えのある内容は、まさに現地で「ホンモノ」を見ないと作ることの出来ない紙面
スピリチュアルな土地柄と、「今」のアイルランドの様子が違和感なくまとめられていて、取材チームの皆さんのプロのお仕事に今さらながら感激!
こういったものはどうしても、ガイドブックやその筋の書物の受け売りが多くなりがちなのですが、VOCEさんの「アイルランド」はしっかり「血の通ったもの」に仕上げられており、ご案内させていただいた私まで誇らしい気分にさせていただきました。

偶然か否か、『VOCE12月号』には他にも「ちょっぴりアイリッシュ」な記事が。
父方がアイルランド系の大女優オードリー・ヘップバーンの特集で~す!

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21世紀のラウンド・タワー(ダブリン・スパイア)

ここ数年、10月のアイルランドの天候がとても安定しているような気がします。
今日のダブリンも抜けるような青空!

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Henry St.より

空を突き刺すように伸びるこのモニュメントは、オコンネル通りの真ん中に立つスパイア(Spire)
2003年1月に登場した、1000年の歴史あるダブリンの街ではまだまだ新しいモニュメントのひとつです。

かつてこの場所には、トラファルガーの海戦で知られるネルソン提督を記念した記念塔(Nelson Pillar)がありました。66年にIRAによって爆破されてしまい、その跡地に何かを…ということで建てられたのが、このスパイア。
高さ120メートル(現在のところアイルランド一の高さ)のステンレス製の尖塔に、建設費用400万ユーロ(約6億円)は如何なものか…と批判されつつも、今やすっかりダブリンのランドマークとして定着した様子。

出来た当時はなかなか馴染めなかった私も、ある時、お客様が「21世紀のラウンド・タワーね~」とおっしゃるのを聞いて、そうだったのか~と開眼。
それ以来、新生ダブリンの象徴として親しみがわいてきたのでした~。

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12世紀のオリジナル・ラウンド・タワー。アードモア(Ardmore, Co. Waterford)にて今年9月に撮影。

ラウンド・タワー(Round Tower)とは?…アイルランドの初期キリスト教修道院に盛んに建てられた見張り&避難用の円塔。アイルランド独自の建造物として、今も島内に66現存しています。

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ミュージカルになったグレイス・オマーリー

昨日のブログで触れた16世紀アイルランドの海賊の女王・グレイス・オマーリー(Grace O'Malley)のライフ・ストーリーが、なんとミュージカルになりました!

その名も、『The Pirate Queen(ザ・パイレート・クイーン)』。『Riverdance』のプロデューサー&ディレクターによる新作ミュージカルです。

piratequeen
The Pirate Queen公式サイトより)

2007年4月のブロードウェイ上演に先駆けて、只今シカゴでプレミア上演中。(11/26まで)
ダンスや音楽はもちろんのこと、グレイス・オマーリー・ファンの私としては、一体どんなストーリーなのか興味津々。シカゴは無理でも、来年のニューヨーク行きを計画しようかと本気で思ったりして…!

原作は、ダブリン在住の女流作家Morgan Llywelynのこの小説です。

grania
Grania:She-King of the Irish Seas

何やらちょっと漫画チックな表紙ですが、どうやらティーン向けの小説のようです。

「Grania(グラーニャ)」とはグレイスのアイリッシュ名なのですが、アイルランドでよく知られる彼女のニックネームは「グラニュウェル(Granuaile=禿のグラーニャ)」。それには、こんなエピソードがあります。

子供の頃から男勝りだったグラーニャ、ある日、父親について航海に出る許しを請うため、男装して髪を丸坊主に刈って家族の前に現れました
大笑いした家族は、小さなグラーニャを「グラニュウェル=禿のグラーニャ」と呼び、父のお供としてスペイン航海へ出ることを許可、その船上で敵に襲われそうになった父親の命を見事に救い、度胸満点なところを見せつけたそうです。

当時は完全なアイリッシュ・スピーキングだったアイルランド西海岸、グラニュウェルは英語は全く話しませんでした。
晩年に英国女王エリザベスⅠ世に謁見した際、2人はなんと、ラテン語で会話をして意気投合したようです。(この時も、やはり丸坊主だったのかしら…?)

こんな数々のエピソードも、ミュージカルに登場するのでしょうかね~。
すぐに観に行けないのが残念ですが、とりあえずはLlywelyn女史の原作本でも手に入れて、グラーニャウェル・ワールドにひたろうかと思います!

※関連ブログ:「海賊の女王」の怒りをかった城(グレイス・オマーリーのエピソード)

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オーナー夫人は海賊の女王…!? (イニシュモア島)

イニシュモア島にある、アラン諸島唯一のホテルがこちら。

aranhotel3

Ostán Oileain Arainn
(Aran Islands Hotel)
Kilronan, Inismor,
Aran Islands, Co.Galway.
Phone: 00 353 99 61104
Fax: 00 353 99 61225


島にはB&Bやゲストハウスはたくさんあるものの、ホテルのカテゴリーに入る宿泊施設はここだけ。
本土からのフェリーが着くキルローナン港から徒歩15分(事前に頼むと車で送迎してくれます)、2005年にオープンしたばかりの全22室の小さなホテル。バー&レストラン完備、広さも十分あるお部屋は明るくてきれいです。

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オーナーのオフラハティーご夫妻とは、以前から顔見知り。(ちなみに、ここのご主人であるPJが、今やアイルランドを代表するダンス&ミュージック・チームとなったラグース(Ragus)のオーガナイザー。この夏の日本公演大好評につき、2007年も来日が決まったそうです!)
先日、O様のケルティック・ウエディングの前夜に宿泊した時、奥さんのグレイスから面白い話を聞きました。

アイルランドの西海岸で活躍した16世紀のパイレート・クイーン(pirate queen=海賊の女王)に、グレイス・オマーリー(Grace O'Malley)という人物がいます。
女だてらに海へ駆り行き、戦場で戦い、殺された夫の敵をあだ討ちし、さらにはエリザベス女王に自ら謁見して、イギリス支配より海の覇権を守り通したことで知られる、あっぱれなケルティック・ウーマン。私のお気に入りの歴史上のヒーロー(ヒロイン)です!
グレイス・オマーリーは16歳で最初の結婚をしましたが、嫁ぎ先はオフラハティー(O'Flaherty)家でした。

ホテルのオーナー夫人グレイスの結婚前の名は、なんとグレイス・オマーリー。そして(16歳よりちょっと歳がいっていたし、政略結婚ではなかったけれど)パイレート・クイーンと同じく、オマーリーからオフラハティーに嫁いだのでした!

歴史上のグレイスは、最初の夫が暗殺され未亡人となった後、別の人物と再婚しました。一方、こちらのグレイスは、

「私はPJと結婚できてとってもラッキー。一度の結婚で十分よ~」

とのこと。ご馳走さまでした~。

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ホテルの目の前は海。ターナーの絵画を想わせるような幻想的な朝の光景

※こちらもおすすめ:丘の上のゲストハウス

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イニシュモア島の「ヤコブの階段」

昨日のケルティック・ウェディングが行われた聖キーラン教会(アラン諸島イニシュモア島)。その脇に急勾配な上り道があって、その名も「ヤコブの梯子(Jacob's Ladder)」と呼ばれています。

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「ヤコブの梯子(Jacob's Ladder)」とは、キリスト教の旧約聖書に出てくる天国と地上を結ぶ梯子のこと。
ある時ヤコブが見た夢に、天に至る梯子が出てきます。その梯子を、神の使いである多数の天使たちが、えっちらおっちら上ったり下ったりしていたというのです。

いつか上ってみたいと思っていたイニシュモア島の「ヤコブの階段」。昨日のお式の後、ついにそのチャンスがやってきました。

この小道、天に続く道らしく、前方に見えるのはただ光のみ。急勾配なためか、上りきるまで上に何があるのか見えないのです。
天使に会えるかしら~とウキウキと小道を上って行ったところ、到着した「天国」にはこんなお家が!

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この藁葺き屋根の家が、ケルティック・ウエディングをあげてくださったモロイ神父の家。
お式で生演奏してくれたミュージシャンたちと一緒に、「天国の家」でお茶をご馳走になりました。

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手作りのパン、手作りの野菜。黄色いトマトはおいしくて、食べ出したら止まらない~。

帰り道、「ヤコブの梯子」を厳かな気持ちで下るのを楽しみにしていたのですが、なぜか道が見つからず、気づいたら別の道を通って聖キーラン教会に戻っていました。不思議…。

そんなわけで、天国から地上へ下り損なってしまった私。ずっと天国にいるのだと思うと、とってもいい気分です~。

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聖キーラン教会

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秋のケルティック・ウェディング

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ケルティック・ウェディングのコーディネートでアラン諸島のイニシュモア島へ。
秋晴れのすがすがしい青空のもと、「アイルランドへ来るのが夢だった」とおっしゃる可愛らしいO様カップルの挙式に立ち合わせていただきました。

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教会の窓から海を臨む

今日のアラン諸島は、海はこれ以上ないくらいに穏やかで、陽射しはぽかぽかと暖か。海も太陽も草原も、まるで自然のすべてがお2人の幸せを祝福しているかのよう

アラン諸島でのウエディングは屋外で行われるのですが、たとえ空や海が荒れ狂っていたとしても、挙式時間が近づくとちゃ~んと静かに穏かになってくれるから不思議。
これは、日本から運ばれてきた幸せオーラがそうさせているとしか思えません!

ぽかぽか陽気のせいか、とってもリラックスしたムードの今日のお式。
お2人の愛の誓いのあと、モロイ神父からブラックベリーの実が参列者全員にまわされるという秋らしい一幕も(笑)。

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私も「幸せオーラ」を浴びさせていただき、パワーが充電されたようです。アイルランドの西端からはるばる横断して夜遅くに家に着いたというのに、全く疲れを感じていないから、これまた不思議。

あらためて、O様ご夫妻の末永いお幸せを心よりお祈り申し上げます!

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挙式後に楽しそうに写真を眺める仲睦まじいお2人

※関連ブログ:K様ご夫妻のケルティック・ウエディング野の花のウェディング・ブーケ

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ジョナサン・スウィフトの記念プレート

『ガリバー旅行記』の作者ジョナサン・スウィフトはダブリン生まれ
残念ながら生家は残っておらず、その跡地近くにある記念プレートがこちら。

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(ダブリン城裏手・Ship Street側の出入り口付近。チェスター・ビーティー・ライブラリーがある方)

プレートには、次のように書かれています。

In No.7 HOEY'S COURT
(now demolished)
about 100 feet NW of this spot
it is reputed that
JONATHAN SWIFT,
DEAN of ST PATRICK'S CATEDRAL
was born on the 30th day of Nov 1667.
HE DIED ON THE 19th DAY of OCT 1745.

この場所より100フィート北西の
(今は取り壊された)Hoey Court7番地にて、
1667年11月30日に
聖パトリック大聖堂の司祭長・ジョナサン・スウィフトが
生まれたと言われている。
スウィフトは1745年10月19日に亡くなった。


つまり今日10月19日は、スウィフトの命日!(やいっちさんにコメントをいただき気がつきました。ありがとうございます)
生家の方は残念ながら残っていませんが、スウィフトの墓所は、自らが司祭長を務めていた聖パトリック大聖堂内にあります。(過去ブログをご参照下さい)

また、聖パトリックス大聖堂の斜め向かい(Werburgh St.とGolden Laneの角)には、『ガリバー旅行記』の名場面がずらりと描かれたプレートも。

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スウィフト・ファンにはたまらないこのプレート、市営住宅の2階部分に何気な~くはめ込まれているのです。

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ダブリン地図バッグ

アイルランド人デザイナーやアーティストによるファッション&クラフト・ショップとして知られるダブリンのキルケニー・ショップ
ここで、おしゃれなビニール・コーティングのバッグを発見。

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なんと、ダブリン・マップがデザインされています!
写真では隠れてしまっていますが、持ち手は肩にかけられる長めサイズ。
お客さんに道案内をするのに便利そう。仕事用に買おうかしら~?

お値段は14.95ユーロ、キルケニー・ショップ・オリジナルです。
ダブリンのお土産にも良さそうですね!

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癒しのお菓子たち

ダブリンに滞在中のお友達のケータリング・アパートにお呼ばれしたところ、おいしそうな手作りスウィーツがいっぱい!

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手前左から、ブラウニー(ポテトとアップル入り)、海草入りブレッド、プラムのタルト、豆乳のスコーン、奥にあるのもブラウニー…どれもこれも、おいしいの何のって!
食べきれずに、お土産までおただいてしまいました~。

アイルランドの伝統的なレシピをアレンジして、ひと工夫加えたお菓子たち
技術はもちろん、作る人の「スウィーツ大好き!」の想いが込められていて、一口いただくごとにほんの~り癒されていくような気分でした~。

ディナーには、アイリッシュ・シチューボクスティーをいただいたのですが、そちらは作って下さったご本人のブログをどうぞ!

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観音崎でガリバーに会おう!

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広報よこすか/2006年10月号より)

ガリバーと踊る日本の子供たち~!
神奈川県横須賀市の「観音崎フェスタ」にて、ガリバー上陸300周年に向けてのイベントが行われます。

観音崎フェスタ
と き 2006年11月3日(祝) 10時~15時
ところ 観音崎園地(県立観音崎公園内)/神奈川県横須賀市


以下、ガリバー関連イベントの立役者であるgulliver2009さんのブログより。(過去のブログではKさんとご紹介)

11月3日ガリバーに会えます

観音崎公園で11月3日、観音崎フェスタがあります。12時から13時までは、ガリバーファンタジーの舞台です。2代目ガリバーは、ニューヨーク生まれで196センチ。
37センチの靴に125キロの巨体です。ガリバーが観音崎にきた297年前は日本人の平均身長が150センチ。ガリバーは180センチとして30センチの差。今の平均が170センチですから、約2メートルのガリバーは当時と同じ迫力ですね。

ガリバーファンタジーは、ガリバーの歌や東京からアイリッシュダンスのCCEジャパンのみなさんの踊りと演奏、そして小原台のケンコウ幼稚園の90人の園児とガリバーの踊り、最後はみんなでガリバーパレードで行進します。

浦賀の老舗パン屋さん・浜田分店の「ガリバーパン」の販売アイルランド観光庁のコーナーもあります。浦賀ガリバーファミリークラブのアマチュア無線局が会場でオン・エアー。信濃屋書店さんのガリバー本販売の一部はユニセフに寄付されます。ガリバーが気軽にサインしてくれます。



ガリバーパン、気になる~。
次回の日本帰国の際には、ぜひ食べてみたいものです。

さらにこの日、観音崎の観光船が「ガリバー号」と命名されることになったそうです。こちらも、ぜひとも乗ってみたい!

ガリバーと観音崎に関するさらなる情報は、gulliver2009さんのHPをご覧下さいませ!


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日本の高校生がハーリングに挑戦!

修学旅行で数日間アイルランドに滞在している高校生のグループさんをお連れして、ダブリンのとある住宅街のGAAクラブへ。

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GAA(Gaelic Athletic Association=ゲーリック・アスレチック協会)とは、1884年に創始されたアイルランドの国技であるゲーリック・フットボール(Gealic Football)とハーリング(Hurling)を統括する組織。
国際的にはラグビーやサッカーが強いことで知られるアイルランドですが、国内では、この2大国技が圧倒的な支持を得ています。

GAスポーツには、基本的にプロ選手はいません。すなわち、選手はもちろん、コーチやマネージャーもすべてボランティア。プレイすることでは何の報酬も得ておらず、すべて地元のサポートのみで成り立っています。
国内に星の数ほどあるGAAクラブから選抜された選手たちが、県(カウンティー)代表となり、夏の間に対抗試合が行われ、毎年9月の優勝決定戦出場を目指すのですが、ただひたすら、勝利のため、地元の名誉と誇りのために闘志を燃やすのがGAスポーツなのです!

私たちが訪問したGAAクラブには、40のチームが所属しているとのこと。選手は5~35歳の男女と幅広く、こういったクラブがダブリンだけで19もあるとか。

2つのGAスポーツのうち、日本の高校生たちが体験したのは、木製のスティックを使ってプレイするハーリング。(詳しいルールなどはこちらを参照)
過去の優勝決定戦での名プレイを集めたビデオ鑑賞後、さまざまな技を披露する情熱あふれるヘッド・コーチのマーティンさん

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その後、スティックを手にグランドへ。まずは、クラブ所属の男の子たちの練習風景を見学させてもらい…

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その後、日本の高校生たちも、生まれて初めてのハーリングに挑戦!

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熱心にコーチの指導をあおぎます~。
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初めてにしては、なかなか様になっていた日本の高校生たち。スティック使いはなかなかのもので、習得の早さにコーチもびっくりでした。

最後に、クラブ所属の男の子たちが、ミニ試合を見せてくれました。青いジャージーの17歳の男の子が、クラブ一の名選手。切れのあるプレイはさすが!

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別のグランドでは、これから遠征試合に出かける14歳以下の女子チームがウォーミングアップ中。可愛いスカートのユニフォームが勇ましい姿と対照的です。
ちなみに、女子のハーリングはカモーギ(Camogie)と呼ばれます。

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それまで、慣れない海外でちょっとおとなし目だった高校生たちも、ハーリングを通じて一気に元気に。
スポーツに国境なし。ホームステイではシャイだった子たちも、アイルランド気分を思い切り体験してくれたようです。
緊張した面持ちだった子たちが、表情もしぐさも活き活きとなっていったのが、とても印象的でした。

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日本食レストラン・赤坂

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数ヶ月前にオープンしたダブリンの新しい日本食レストラン・赤坂
ずっと行ってみたいとおもいつつもなかなかチャンスがなかったのですが、昨日やっと、お友達のMさんとランチに立ち寄ることが出来ました。

こってり目の食事が好きな私とMさんが注文したのは、うな丼

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お味噌汁、お漬け物付き、ウナギもご飯もおいしくて満足
日本茶も、ふんだんにサービスしてくれました。

実はウナギを食べる前に、お寿司も食べてしまった私たち。
とってもボリュームのあるお寿司で、ネタも新鮮でした。

ランチは、どんぶりモノが12ユーロ弱と物価の高いダブリンにしてはリーズナブル。お寿司ばかりでなく、かつカレーなどB級グルメがあるところが嬉しい~。
ディナーはちょっと高めですが、すきやきやしゃぶしゃぶ、居酒屋のおつまみ系メニューもあって、なんだか、以前にマラハイドにあった「さくら」というレストランを連想させます。

こういうコテコテの「海外にある和食屋さん」が、ここ数年ダブリンから姿を消していただけに、在住者にも観光客にも嬉しいレストランではないかと思いました~。

赤坂
Akasaka Japanese Restaurant
Unit 1/2 Castlenock Village Centre,
Castleknock, Dublin 15.
Tel: 01-8103568/01-8103564

(シティーセンターよりバス37番。車の場合は、フェニックス・パークを通り抜け、キャッスルノック・ゲートを出て5分ほど直進すると右側。)



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甘いものが欲しくなる理由

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おいしそうなケーキがずらり~。
カウンティー・ウィックロウのパワーズコート内のAVOCAカフェにて、どれにしようかと目移りしてしまいました。

日本にいた時は、甘いものにはあまり興味がなかった私。
アイルランドに来てからというもの、時々、甘いものが無性に食べたくなるのはどうしたわけか…?

どうも、身体が糖分を欲するらしいのです。というのも、こちらの食事にはデザート以外に砂糖が使われていないから。
日本料理はお醤油とお砂糖で味付けしたりするので、知らず知らずのうちに食事そのものから糖分を吸収しているのですが、西洋のお料理で砂糖を入れる場面ってあまりないんですよね。
こちらの人が食後に甘いデザートを食べるのは、どうやら、身体が自然に砂糖を欲するかららしいです。

今日はパワーズコートでたっぷり時間があったので、家族連れの地元の人々に囲まれながら、カフェでケーキとお茶

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以前は甘いだけのケーキが多かったアイルランドも、近ごろは、甘さ控えめのおいしいものが出てきました。
10月のやわらかな日差しの中、しばし仕事を忘れてのんびり~してしまいました。

※関連の過去ブログ:パワーズコートのペットの墓地

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ウシが通る~

おウシ様のお通りで~す。

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昨日、タラの丘へ続く田舎道で。
搾乳を終えた牛たちの、牧草地への出勤ラッシュ…?



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ハロウィーン近づく

今日、聖パトリック大聖堂へ行ってみると、すでにハロウィーンの飾りつけが始まっていました。

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聖パトリック大聖堂の祭壇わきの飾りつけ

実りの秋ですね~。

※ ハロウィーンに関する過去ブログ
※ 聖パトリック大聖堂に関する過去ブログ

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ニューグレンジの抽選ボックス

毎年この時期に、私がお月様に手を合わせてでもお願いしたいこと…それは、その年の冬至の日のニューグレンジ見学のチケットが当たりますように!ということ。

紀元前3200年に建造されたニューグレンジは、アイルランドが誇る世界最古のモニュメントのひとつ。
巨石を使った建築技術の素晴らしさもさることながら、ニューグレンジのもっとも驚くべきことは、冬至の日の朝の太陽の光が、ルーフボックスと呼ばれる天窓から墓室に差し込むように特別な設計がなされていることです。

一年でもっとも日が短い12月21日の朝8時58分から9時15分までの17分間、一筋の線となった太陽の光が墓室へ一直線に差込み、死者の遺骨を照らし出します。
農耕民族だった当時の人々は太陽を神として崇めており、神の手が触れることにより死者の霊が弔われると考えていたようです。

普段の見学では、この神秘的な瞬間を電気の光でデモンストレーションしてくれます。これでも十分感動的なのですが、やはり一度でいいからホンモノを見てみたい~!
そう願う人はもちろん私一人ではなく、冬至の日のニューグレンジ見学者は、なんと抽選で選ばれることになっています。

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ビジターセンターに設置されている抽選ボックス

今日、ニューグレンジへ行ってみると、今年の抽選がすでに終わったことを知らされました。
ここへ来るたびに、家族親戚などいろいろな人の名を書いて(うちの住所で!)抽選ボックスに入れていた私…今年も当選案内はこなかった。がっくり。

実際には、12月21日その日を含め、前後合わせて5日間の朝にこの現象が起こります。一日25名、計100名がその年のラッキーな人々となるのですが、膨大な数の応募者の中から選ばれるのは50名、ペアでご招待~となるわけです。
(関係者が優先になったり、ポリティクスが絡むという噂もあるので、正規の当選者はもっと少ないのかも)

昨年の冬至の日にラッキーにも見学出来た関係者の話によると、ホンモノの太陽の光の線は、まるでダンスをしているように揺れながら入って来るんだそうです。
そして、差し込む時はゆっく~りなのに、消えていく時は一瞬で引っ込んでしまうとか。それはそれは神秘的で、忘れられない体験になったとのこと。うらやましい~。

しかし、12月のアイルランドのお天気は不安定
高い倍率をくぐり抜け見事当選したとしても、その日の空が曇っていたら、残念ながら、真っ暗な墓室の中でし~んと待つことに。
それでも5200年前の人々の落胆を体験できるのですから、やっぱり、うらやましいですね~。

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ニューグレンジ全景(TAKAKOさん撮影・2006年8月)

※ ニューグレンジは一日の入場者数が制限されています。15名以上の場合は必ず事前予約要。個人での入場は、ビジターセンターに到着した人順。夏場は大変込み合いますので、早めにビジターセンターに到着するようにしましょう。

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秋の日のひとコマ

垣根にからみつくツタの葉が、真っ赤に色づいてとってもきれい~。

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紅葉を愛でる習慣は特にないアイルランドですが、見事に色づくツタの葉を見ると、秋の深まりを感じずにはいられません。

日に日に空気がひんやりしてきた今日この頃、観光シーズンもいよいよラスト・スパートです!

※写真を少し、大きくしてみました。

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Wild Irish Women!!

私の本棚には、仕事柄、アイルランドの歴史や文学、地形、ワイルドライフなどに関する本がずらり。
折に触れて手にとっては必要な箇所を読み返すのですが、今日、あることを調べたくてページを開いたところ、すっかり夢中になって読みふけってしまったのがこの本。

Wild Irish Women by Marian Broderick
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数年前、ガイド仲間のマイケルに薦められ手に取って以来ずっと愛読している、私のお気に入りの一冊です。

内容は、さまざまな時代、さまざまな分野で活躍したアイルランドの歴史上の女性たちの生涯を紹介したもの。
項目別に71人の女性が取り上げられており、一人につき数ページで完結するのが嬉しい~。伝記好き、アイルランド好き、女性の生涯に興味あり、でもあんまり長いのはイヤ、という私には、まさにこういう本が欲しかったの~といった感激の一冊でした。
読みやすい英語で、歴史が好き、人が好き!といった若い著者の情熱が伝わってくるような文章です。

著者は、リマリックとドネゴール出身のご両親のもと、自身はロンドンで生まれ育ったという女性。
「アイルランド史」と「女性学」という、2つの得意分野をミックスさせたらこの本が出来たそうで、これが初めての単行本だそうです。

紹介されている女性たちをざっと挙げてみますと…

ケルト時代の伝説の女王メイヴ
アイルランド初の女子修道院を建立した聖女ブリジット
キルケニーの魔女アリス・キトラー
(私の大好きな!)海賊の女王グレース・オマーリー
バイエルン王ルードヴィッヒⅠ世の美人画ギャラリーに飾られている踊り子ローラ・モンテス
独立時代の闘士マルケビッチ伯爵夫人
詩人WBイエーツが愛したモード・ゴン
マイケル・コリンズの恋人キティー・キーナン
96年にドラッグ・マフィアの銃弾に倒れたジャーナリスト、ヴェロニカ・ゲラン

…などなど、実に多彩。
そして、必ずしも模範的な偉業を成し遂げた女性ばかりではないところが面白い!

今日読んでいたのは、140歳でサクランボの木から落ちて亡くなったデズモンド公爵夫人カトリン・フィッツジェラルド(1464-1604)のお話。
彼女が住んでいたカウンティー・コークのお城の名がこれまた笑えて、その名もインチキン城(Inchiquin)…読みながら、ひとりで大ウケしてしまいました~。

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日愛ワーキング・ホリデー・ビザ

近ごろ私の周りでは、来年から施行されることになった日本-アイルランド間のワーキング・ホリデー・ビザのことが盛んに話題となっています。

来年2007年は日愛国交樹立50周年記念の年。その記念行事のスタートを切って、2007年1月1日より両国の間で実施されることになったワーキング・ホリデー・ビザ。
25歳以下(特例として30歳まで)の若者が、1年間を最長として就労・語学研修を含む「休暇(ホリデー)」を過ごすことが出来るというものです。
(詳しくはこちら

これはもしかすると、アイルランド人にとっての方がよりエキサイティングなニュースかもしれません。

最近の若いアイルランド人は、日本に関心を持つ人がとても多いようです。Jetプログラムでの日本行きを希望する若者も、イギリスなどに比べて格段に多いと聞きます。
これまでアイルランド人のワーキング・ホリデーと言ったらオーストラリアやカナダが定番でしたが、その選択肢に日本も加わるとなれば、待ってました~とばかりに日本へ旅立つ若者も多いのではないかと思います。

一方、アイルランドで仕事に就いている日本人にとって、このニュースはある種の衝撃を持って迎えられました。というのも、パートタイムのワーキング・ホリデー・ビザ保持者に、仕事のチャンスを奪われるかもしれない~という心配。

以前にニュージーランドへ行った時、ワーキング・ホリデーで来ている日本の若者が、観光の場面で活躍しているのをずい分たくさん目にしました。
日本人観光客の多いホテルのレセプション、観光地での簡単な案内、空港アシスタントなどなど…。
これからはアイルランドも、日本語と必要とする簡単な仕事は、ワーキング・ホリデーで滞在している若い人々のアルバイトとなっていく可能性が強いことでしょう。
本職として観光業に携わっている私としては、今まで以上に技術を磨き、プロフェッショナルな仕事をしていかなくては廃業してしまうわ~と身が引き締まる思い…!

いずれにしても、日愛の交流がさまざまな形で盛んになるのは喜ばしいこと。
遠くて近い国、日本とアイルランド
多くの若者に、お互いの国で楽しく有意義な体験をして欲しいですね。

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法王の十字架

ダブリン市街地西にあるフェニックス公園(Phoenix Park)は、ヨーロッパ一敷地面積の大きな公園。
700ヘクタールというその広さは、ニューヨークのセントラル・パークの2倍、ロンドンのハイド・パークの5倍、さらに東京の日比谷公園の45倍に当たるというから驚きです!
その広大な敷地の一角に、ステンレス製の巨大な十字架が立っています。

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青空に突き抜けるような、高さ27メートルの白い十字架。
これは「法王の十字架(The Papal Cross)」と呼ばれ、1979年9月29日に前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がミサをあげた場所を示すものです。

驚くべきは、その時のミサに参列した人々の数。その数なんと、125万人と言われています!
16年前のアイルランドの人口は、現在の400万人をはるかに下回るものでした。仮に350万人だったとしても、総人口の3分の一以上の人がこの地に集結したことになり、当時のアイルランドのカトリック熱&ヨハネ・パウロ2世の人気の高さがうかがい知れます。
(多少、水増しされているとしてもスゴイ数!)

「あの時、僕は○才で、父親に連れられてここにいたんだよ~」

なんてことは、アイルランド人からよく聞く話。
人・人・人の波で、えんえんと歩いてたどり着いたものの、法王の姿は全く見えなかったそうです…。それでもきっと、その場に居合わせたというだけで、神々しいような気持ちでいっぱいになったのではないでしょうか。

1979年にヨハネ・パウロ2世がアイルランドを訪問した理由は、カウンティー・メイヨー(Co.Mayo)のノック(Knock)でのマリア様出現100周年を祝うためでした。
1879年、ノックの教区教会に聖母マリアが出現し、15名の村人が目撃するという出来事がありました。以後ノックは、マザー・テレサも訪れるほどの世界的な巡礼地として知られています。

昨年、ヨハネ・パウロ2世がお亡くなりになった時、アイルランドのテレビでは、79年のご訪問の様子が盛んに放送されました。キリスト教徒ではないけれども、ヨハネ・パウロ2世が好きだった私は、その映像に感激して見入っていたものです。
「法王の十字架」へ来るたびに、クレーン車に乗って人々の熱狂の渦の中へ登場したヨハネ・パウロ2世のお元気な姿を思い出すのです。

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携帯電話が消えた日

昨日の夕方から、携帯電話が見当たらなくなってしまいました
心当たりのところを探し、行動を共にしていた友人たちに家や車を探してもらい、それでもどうしても見つからない。
一体、どこでなくしてしまったのでしょう…!

取り急ぎ、盗難された場合に備えて、カスタマー・サービスに電話しサービスを一時停止してもらうことに。
ところが、かけようにも肝心の電話がないではありませんか!(家の電話はあまりにも使用頻度が低いため、数ヶ月前に解約してしまった)
電話がないって、ほんとに不便…!

フラットメイトの携帯電話を借してもらい、ようやく一時停止完了。
しかし、電話がなくては一日だって過ごせない。今日は月曜日、新しい仕事のオファーが来るかもしれない…。朝起きると早速、新しい電話を買いにVodafoneショップへ行きました。
ところが、Vodafoneの全ネットワークが停止するトラブルが起こっていて、データの移行が出来ないというではありませんか!

「しばらくしたら復旧するでしょう~」

その言葉を信じて、街で用事をしながら待つことに。2~3時間おきにショップへ足を運んだものの、結局、今日は一日、復旧しませんでした…。がっくり。

「明日の朝、復旧したかどうか確認してから出直しますから、ショップの電話番号を教えてください」

と言ってから、電話がないから電話もかけられないこと気がつきました…。とほほ。
携帯電話がないことが、こんなに不便だったとは!
街でぶらぶらとしている時に、「そうだ、お友達の昼休みに一緒にランチしよう~」と思いついたのですが、電話そのものがないばかりか、その中に登録されている電話番号がないのですから、連絡のしようがないではありませんか。

さらに不便なだけでなく、とっても不安
万が一、日本の家族から緊急の連絡があったりしたら…などと考え出すときりがなく、夜も眠れなくなりそう。
私の海外生活は、あの小さな電話にこんなにも依存していたのね~とあらためて感じたのでした。

ちなみに私の電話には、緑の帽子&緑の服の「妖精おじさん」のストラップが付いていました。
あの「妖精おじさん」、今頃どこで何をしていることやら…。小さなカラダでてくてく歩いて、妖精の国へ帰っていったのかしら?
もしもそれならいいのですが、帰る道がわからずに、風雨にさらされて寒い思いをしていたら可哀相だな…。

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