ナオコガイドのアイルランド日記

現地ガイドによるアイルランド生活・旅情報

夏のバレンに咲く花々

夏のバレン(Burren, Co.Clare)は、まるで自然の花畑そのもの。

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ブラディー・クレーンズビル(Bloody Cranesbill)=“鶴のクチバシ草

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ヘアベル(Harebell)=“野ウサギの鐘”

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シーピンク(Sea Pink)=和名は「ハマカンザシ」

小さな可憐な花々が、岩の割れ目から顔を出しています。
石灰岩の岩が露出した、一見不毛の地であるバレンですが、実は植物観測の地として有名。
今から1万年前、氷河の移動によって運ばれてきた他地域の植物の種が、岩の割れ目をシェルターとして生き延び、独特の植物体系をつくりあげたためです。

可憐な花々を見つけながら、お客様とご一緒に、石灰岩の岩場をしばし散策。
大西洋から吹く風が、なんとも気持ちよかったです。

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リスドゥンバルナ(Lisdoonvarna)からブラックヘッド(Black Head)へ向かうコーストロード上にて

※過去の関連ブログ:バレンの3つのシーニック・ルートバレンの鍾乳洞、エルウィー・ケイヴ

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アイルランドでいちばんおいしいアイスクリーム!

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クマのコーンが可愛い!

今日は午後から雨が降ってしまい、撮影を早めに切り上げてキラーニーのホテルへ。
そろそろロケも大詰め、ここでちょっとリフレッシュしていただくためにも、ぜひキラーニー名物のアイスクリームを食べていただかなくては…と、皆さんを引き連れて、いざマーフィーズ・アイスクリームへ!

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マーフィーズ・アイスクリーム
Murphys Ice Cream
37 Main Street、Killarney, Co. Kerry. 
Tel: + 353 (0) 66.9152644 (朝は遅めですが、夕方は20時位までオープンしています。要確認。ディングルにもショップがあります)

ここが、以前にこのブログでご紹介させていただいたアウォード・ブロガーでもあるキーラン・マーフィー(Kieran Murphy)さんのお店です。

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この日キラーニー店にいらしたのは、キーランのご兄弟のショーン・マーフィー(Sean Murphy)さん・(写真右)

マーフィーズ・アイスクリームは、頭数が少なくなっているため現在保護対象となっている、ケリー原産の乳牛、ケリー・カウの貴重なミルクを使った珍しいアイスクリーム。さっぱりとミルキーで、我が故郷の長門牧場のアイスクリームにも引けを取らないおいしさです。(ローカルな話ですみません)
私はハニーコムとバニラをいただいたのですが、その他にも何種類も味見させていただき、大満足。(笑)

…そして、雨降りでちょっとがっかり気味だったロケ班の皆さんも、おいしいアイスで元気いっぱいに。
ディレクターさんの目がきらっと輝き、「ホテルに戻って機材を取ってきます!」とのこと。そう、半ばゲリラ的に、ショップの取材をさせていただくことになったのでした。
これぞ、ロケ・チームの現場力!

突然のことにも関わらず、親切に対応してくださったオーナーのショーン、そしてショップの店員の皆さんに心よりお礼申し上げます。
皆さん、キラーニーまたはディングルへ行ったら、ぜひマーフィーズ・アイスクリームへ立ち寄ってみてくださいね!

Thank you very much for your great help for the Japanese TV team!!

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出版されたばかりのショーン&キーランのアイスクリーム本

※キーラン・マーフィーさんのアイスクリーム・ブログはこちらです→ Ice Cream Ireland

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ファームのあるマナーハウス(ロングヴィル・ハウス)

TVのロケ班の皆さんと、取材を兼ねてロングヴィル・ハウス(Longueville House, Mallow, Co. Cork)に宿泊しています。

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18世紀の典型的な、ジョージ王朝洋式のマナーハウス。
到着すると、暖炉の燃える素敵なリビングルームで、ティーとケーキを出してくださいました。

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お部屋はすべて内装が異なり、どのお部屋もとってもロマンチック。壁紙やカーテンには自然のモチーフをこらしたものが多く、窓の外の景色と調和してとても落ち着いた感じです。

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ロングヴィル・ハウスの歴史には、大変興味深い点があり、以前から興味を持っていました。
500エーカーというロングヴィル・ハウスの広大な敷地は、もとはアイルランドの土着の一族、オキャラハン家の領土でした。
ところが、17世紀のクロムウェルの侵略の際にオキャラハンは土地を追われ、この地はクロムウェルの部下であった英国貴族、さらにはフランス系貴族の手にわたってしまいます。(現在のお屋敷が建てられたのはその頃)
おおよそ、もとのオキャラハンからはかけ離れたところへ行ってしまったと思われたロングヴィルですが、時は移り1938年、300年近い時を経て、運命の歯車は再び彼らのもとへと回ってきました。
その年、ロングヴィル・ハウスを購入したのは、地元の名士で後には上院議員となったウィリアム・オキャラハン(Willaim O'Callaghan)。その名が示唆するように、オキャラハン一族の子孫だったのです。

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ロングヴィル・ハウスの玄関ホールにあるウィリアム・オキャラハンの肖像画。彼の代から、ロングヴィルはゲストハウスとなりました

お屋敷の玄関を出ると、真正面の丘の中腹に、元のオキャラハン家の屋敷が廃墟となって残っているのが見えます。今日は霧が濃くて、写真に撮ってみましたがうまく写りませんでした。(LonguevilleのHP内のこのページに写真が出ています)

そして、現オーナーのウィリアム・オキャラハンさんは、ロングヴィルを購入した初代ウィリアムより数えて3代目となります。
オーナー夫人のアシュリンいわく、ロングヴィル・ハウスの特徴は、瀟洒なマナーハウスというだけではなく、本物のファームでもあること。
広大な敷地内で羊やウシ、豚が放牧されており、果物や野菜の栽培はもちろんのこと、アイルランドには珍しくワイン作りも行われています。

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朝食にはこの子たちのソーセージが…!

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厩舎の向こうには畑が広がっています

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秋にはブドウの実をたわわに実らせるであろうビンヤード

新鮮な自家製の食材は、優秀なシェフでもあるオーナーのウィリアムさんの手により、素晴らしいアイリッシュ・キュイジーンに。
そのお味には定評があり、2000年に紀宮様がアイルランドをご訪問なさった時も、ここでお昼食を召し上がられています。

連日の取材で忙しかったロケ班の皆さんにも、今晩はゆったりとおいしいディナーを楽しんでいただくことが出来、良かったです。

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巨大なステーキ。おいしかった〜

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ドゥ・モーリアの小説のモデル?…かもしれないダンボイ城(ベラ半島研修・8)

アリヒィズの労働者の貧しさとは対照的に、銅山で富を築き上げたPuxley一族の豪華邸宅がこちら。

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中世のダンボイ城(Dunboy Castle)の跡地に建つことからその名で呼ばれますが、オリジナルのダンボイ城とは別。そちらの方は廃墟となって、これとは別に近くに現存するはず

アリヒィズから、ベラ半島西部の中心となる町、キャッスルタウンベア(Castletownbere)へ行く途中の森の中にある旧・豪華邸宅。
19世紀、Henry Puxleyによって建設が始められましたが、妻を亡くしたあと屋敷に興味を失ったHenryは、建設途中で放棄。未完成のままで終わった、幻の邸宅でもあります。

その後、1921年の独立戦争の際に焼かれ、何十年もの間、オバケ屋敷さながらの廃墟の姿で放置されていましたが、近年修復が施され、豪華ホテルとして生まれ変わることに。

私たちが訪れた時には、外観の修復はほとんど終わって、最後の仕上げの段階といった様子でした。
どうやら、世界的なホテル・グループ、Capellaのアイルランド2件目の豪華ホテルとして、今年の秋に正式にオープンすることになるようです。(Capella Dunboy Castle)

先のブログで触れた、ドゥ・モーリアの『ハングリー・ヒル』に出てくるBrodrick一族は、クロンメア(Clonmere)という名の城に住んでいます。
Brodrick一族のモデルがPuxley一族ならば、クロンメア城のモデルはこのダンボイ城なのでしょうか。
どうにも気になってきたので、これはやはり日本語訳がなくとも、頑張って小説を読んでみなくてはなりませんね…!

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最果ての銅山アリヒィズ(ベラ半島研修・7)

すっかり時間が経ってしまいましたが、1月にガイド仲間と行ったベラ半島研修旅行の続きです。

1月とは思えないような素晴らしい青空が広がったその日、私たちは、ベラ半島(Beara Peninsula)のほぼ先端に位置するアリヒィズ(Allihies)銅山跡地を訪ねました。

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この地に豊富な銅があることが知られるようになったのは、19世紀初頭。
現在も、この付近の海に突き出した赤茶けた土壌を見ると、銅が露出して酸化している緑色のスポットがちらほらと見られます。

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この緑色の部分が銅!

アリヒィズの小さな村を見晴らす丘の上には、最盛期には5つあったというエンジン・ハウスのひとつが保存されており、当時の面影を残しています。
地元のガイドについて、私たちもそこへ上ってみました。

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19世紀には、コーンウォールから多くの労働者がやってきて賑わっていたアリヒィズ。多いときには、1300人の労働者がいたそうです。
しかし銅山での労働は過酷で、時には危険を伴う命がけのものでした。朝6時〜夕方6時までという12時間の長時間労働の上、食べるものは貧しく、低賃金。最年少の鉱員は12歳で、子供労働者の場合は、同じ働きをしても、大人の4分の一の賃金しかもらえなかったそうです。

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銅山での過酷な労働や、当時の村の様子を事細かに説明して下さった地元ガイドは、ベラ歴史協会会長のコニー・マーフィーさん(写真右端)

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エンジン・ハウスからの眺め。向こうの湾には夏には海水浴の出来るビーチがありますが、採鉱によって出た砂によって出来たものだそう

世界的な銅の値の暴落などに打撃を受け、1930年代には閉山に追い込まれたアリヒィズ銅山。
職を失った労働者たちの多くは、同じく炭鉱の町であったアメリカ、モンタナ州ビュート(Butte, Montana)へ移民していきました。ビュートの町には、現在、その時にアリヒィズから移民したアイルランド人の子孫がたくさん暮らしています。

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多くの村人がこの湾から船に乗って移民していきました。対岸の半島でのろし火をたいては見送ったそうですが、それが移民していく人々が最後に目にした故郷の光景となったそうです

このアリヒィズ鉱山を最初に開き、代々維持・所有していたのは、Puxley一族。
『レベッカ』で知られる英国の小説家、ダフネ・ドゥ・モーリア(Daphne du Maurier, 1907–1989)の作品に、『ハングリー・ヒル(Hugry Hill)』というのがあり、そこに登場するBrodrick一族は、このアリヒィズのPuxley一族をモデルとしているそうです。
一族の子孫の一人、Christopher Puxleyという人がドゥ・モーリアの友人で、彼から話を聞き、小説の着想を得たと言われています。
ちなみにタイトルとなったハングリー・ヒルは、ベラ半島に実在する山の名前。半島の背骨となるカハ山脈の最高峰(685m)です。

現在、村の教会の建物を利用して、夏の間はアリヒィズ銅山博物館(Allihies Copper Mine Museum)がオープンしています。
私たちが訪れた時には残念ながら閉まっていたのですが、次回、この最西端の地を訪れる機会があったときには、ぜひ立ち寄ってみたいと思います。
また、『ハングリー・ヒル』も読んでおきたいと思うのですが、日本語訳はなさそうですね。

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ベラ半島の西端へ(ベラ半島研修・6)

ベラ半島研修旅行の続きです。

前日に、ヒーリー・パスを超えて半島を半周した私たち。翌日は、大西洋に突き出した半島の先端部分へ足を伸ばしました。

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Cod's Head付近の入り江にて。光の質感が目で見えるよう

この日は、1月とは思えないような素晴らしいお天気。空も海の夏のような青!

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海を背にしてハイ・ポーズ!(左から、Gerry、Annmarie、Margarate、Sinead)

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水平線に、2つの小さな島が見えますか?世界遺産に指定されているスケリッグ・マイケル(Skellig Michael)を含むスケリッグ・ロックス(Skellig Rocks)です

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乗馬を楽しむ人々。気持ち良さそう!

自然のままの、手付かずの美しさ。
アイルランド各地の数々の美しい景色を見慣れている私たちガイド集団ですが、ここベラ半島の景色は、その中でも絶景中の絶景だと誰もが感激したのでした。

この先、最果てのAllihies鉱山を目指してさらに西へ向かいました。

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小さなグルメ・タウン、ケンメアのディナー(ベラ半島研修・5)

ケンメア・レースの発祥地として有名な、南西部の小さな町ケンメア(Kenmere, Co.Kerry)。
最近ではレースより、腕のいいシェフが集まるグルメ・タウンとして評判。小規模ながらもおいしいレストランが多いことで知られています。

その中の一軒、「An Leath Phingin Eile」というレストランにて、皆で食事をしました。

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An Leath Phingin Eile
35 Main Street Kenmare Co Kerry
Tel:+353 (0)64 41559
(火曜日定休・冬季は不定期にクローズするため要チェック)

「An Leath Phingin Eile」とはアイルランド語で、「もう半ペニー」といったくらいの意味。(英語にすると「Another Half Penny」)
かつてウェストポート(Westport, Co.Mayo)で評判のレストランをやっていたオーナー・シェフが、近頃こちらのお店をテイクオーバーしたそうです。

オーナー夫人のGealen(ギーラン)に、ぜひに!と薦められていただいたスターターがこちら、カニ肉のスフレ。

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軽くて、フワフワで、カニの味がじわじわしてきて…涙モノのおいしさでした。

その他のお料理も評判通り素晴らしいお味。写真があまりきれいに撮れなかったのですが…

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お隣りの席のJohnが頼んだスターター。ムール貝とガーリック・トースト

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向かいの席のGerryのメイン・コースは舌ビラメ

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私はアイリッシュ・ビーフのステーキを。付け合せの黄色いのはポレンタ

地元の素材を使ったヨーロピアン・スタイルのお料理。
見た目はシンプルだけど、どれもよく吟味された本当においしいお料理でした。

同じくケンメアのメイン・ストリートにあるBácús Bistroという小さなレストランも、以前から気になっているお店のひとつ。
次回はそちらへも、ぜひ行ってみたいと思います。

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羊飼いに出会う(ベラ半島研修・4)

ヒーリー・パス(Hearly Pass)を下り、遅めのランチ休憩をした後、インチクウィン湖(Lough Inchiquin, Co.Kerry)付近で車をストップ。
ここから数十分ウォーキングをしてストーン・サークルを見に行く予定だったのですが、日が傾いてきてしまいました。

どうしようか…と皆で躊躇しているところへ、赤い車に乗った地元の羊飼いさんが双眼鏡を持って登場。
まるで私たちのために持って来てくれたの?と思うほど、絶妙なタイミング。ちょっとお借りして、遠くのストーン・サークルまで歩くことなく、双眼鏡で石の一つ一つまでつぶさに見させていただきました。

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羊飼いから双眼鏡を借り受けるGerry。双眼鏡は点在している羊をチェックするための羊飼いの必需品

コテコテのケリー訛りの親切な羊飼いさんに出会って、ああ、はるばるアイルランドの端っこまで来たんだな〜、と皆で実感。
その後、沈み行く夕日を一緒に眺めてからお別れしました。

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バントリー・ハウス(ベラ半島研修・3)

ベラ半島から少々オフして、バントリー湾に面して立つ18世紀のお屋敷バントリー・ハウス(Bantry House, Bantry, Co.Cork)へも足を伸ばしました。

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バントリー伯爵のお膝元であった大邸宅。現在もその子孫であるホワイト家が所有しており、1946年以降、一般公開されています。
数年前に大々的な修復工事が行われ、内部には、華やかなりし頃の豪華な調度品・室内装飾が大切に保存されています。

通常、冬季はオープンしていないのですが、特別にお願いして見学させていただきました。

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レセプションに敷かれた南国風のモザイク・タイル

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鮮やかな色の居間。ここではコンサートなどのイベントが行われることも(この日も何か催しがあるようで、椅子の準備がしてありました)

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ゴージャスなダイニング・ルーム。結婚披露宴などに貸しきることも出来ます

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寝室の一角にあった縦長のものは、ポータブル着替え室。ビーチへ行く時に持っていったのだそう

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子供部屋にあったドールハウス!

バントリー・ハウスの一部は、現在ゲストハウスとして客室に改装されています。
ダブル・ルーム仕様で一人一泊100〜150ユーロ(もちろんアイリッシュ・ブレックファースト付き)。コテコテすぎないシンプルな内装で、落ち着いて休めそう。

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初代リバーダンスで知られるマイケル・フラッタリー(Michael Flatley)夫妻が宿泊した部屋

春から夏にかけては、庭園にさまざまな花が咲き誇り、有名な100段の石段を上ると、バントリー湾をバックにお屋敷の全景を見晴らすことが出来ます。

またこの地は、1796年、フランス革命に影響を受けた革命家ウルフ・トーンが、フランスからの援軍を率いて上陸しようとした歴史的な場所でもあります。アイルランドを英国支配から取り戻そうと意気込んでやってきたトーンですが、しけで上陸できず、陸地を目の前にして引き返すという残念な結果になってしまいました。
荒れ狂う海上で6日間も身動きを取れずにいたトーンとその一行。伯爵とその小作人たちは、船がいつ上陸してもいいように、今か今かと迎え撃つ準備をしていたそうです。
そのことを記念して、庭園の一角にはアルマダ・センター(Armada Centre)と名付けられた展示館も設置されています。

ここ数年、ウェスト・コークを回るツアーがあまりなく残念なのですが、この夏こそお客様とご一緒に再訪出来ますように!

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屋敷の窓からの眺め

Bantry House
Bantry, Co.Cork, Ireland.
T: + 353 (0)27 50047 / F: + 353 (0)27 50795
※2008年の開館は3月15日〜10月31日、毎日10:00〜18:00。コーンサートなどのイベントは、冬季でも行われています。

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峠の名所、ヒーリー・パス(ベラ半島研修・2)

ベラ半島への研修旅行の続きです。

アイルランドの南西部には、大西洋に突き出した有名な半島がいくつかあります。
北のケリー側より、ディングル半島、リング・オヴ・ケリー、そしてベラ半島(Beara Peninsula, Co.Kerry & Cork)…と続くのですが、始めの2つに比して圧倒的に観光化されていないのがベラ半島です。

海岸沿いをぐるりと周遊(137km)することも出来ますが、半島の背骨を成すカハ山脈(Caha Mountains)を横切るヒーリー・パス(Healy Pass)を越えたかった私たちは、1日目に半島の付け根側(東側)を周り、2日目にあらためて突端部分(西側)へ足を延ばすことに。

Ardrigole(Co.Cork)からLauragh(Co,Kerry)までの約13km(8マイル)の道路(R574)上に位置するヒーリー・パス。
峠へ至るヘアピン・カーブも有名で、ラリーの格好のコースとして、世界中のレーサーたちが憧れる場所でもあります。

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峠のヴューポイントより(コーク側)

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有名なヘアピン・カーブ!(こちらのHPより)…道路工事に当たった労働者たちが酔っ払っていたために、曲がってしまったと言われています(笑)

ヒーリー・パスの開通は1847年、アイルランドが空前絶後の大飢饉に見舞われていた時のこと。飢饉による失業対策も兼ねて行われた大工事でした。
峠の名は、道路建設に尽力したウェスト・コーク出身の政治家ティム・ヒーリーことティモシー・マイケル・ヒーリー(Timothy Michael Healy, 1855-1931)に由来。彼の死後に「ティム・ヒーリー・パス」と名付けられました。
ヒーリーは1922年のアイルランド独立に際し、初代アイルランド自由国総督となった人物です。(当時は英領の中での自治でしたので、英国王の代理としての「総督」がいたのでした)

カウンティー・コークとカウンティー・ケリーの県境でもあるこの峠。
コークもケリーもお国意識が非常に強いお隣り同士。昔はお葬式の行列が通る際、カウンティー変わるこの場所で、亡骸を棺に納めたそうです。

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コークとケリーの県境をまたぐケリー・ウーマンのディアドラ。彼女の後ろにある「フラット・ストーン」が県境のしるし

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ようこそケリーへ!

峠を越えてケリー側へ入ると、景色も一変。
コーク側からケリー側へ下りる方が、湖や山が徐々に見えてくるので、眺めがいいかもしれませんね。

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遠くにはリング・オヴ・ケリーの山々が見えました

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